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ビジネスとアートの共創
第6回「コミュニケーション×創造力」(後半)

2024.6.28

「自分たちの目の前に広がる世界が、その先の世界にも広がっている」と勘違いしてはダメで、段階に応じて順を追った対応策を打っていくべきなのです。(奥田)

奥田:この10年間の変化はすごいですね。ひとつはCO2が価値を生み出すものとなった、これは昔の環境問題ではなく、ビジネスとしてCO2がお金になるため、動きが急加速しました。CO2を排出しないものに対して、より付加価値をつけようと動いたので、変化が激しくなりました。そこで再生可能エネルギーが急速に普及します。それが大きな変化の一つですよね。そればかりに注力してしまうと、今度はロシアのウクライナ侵攻のようなことが起きて、エネルギーセキュリティという安全保障の問題が再燃します。その後、さらに中東の問題が起こり、世界分断という問題が起きています。そうなると、将来的には再生可能エネルギーで良いかもしれないけれど、経済が分断されると目の前のエネルギーを作る手段である燃料が入手できずに世界中が困るので、エネルギーセキュリティが再認識されているのです。このように、この10年でエネルギー事業者の運営のあり方は大きく振れています。その中で、発電所への投資は数千億円という規模で、その投資資金は約15~20年かけて回収するので、その間に大きな環境変化があって「この投資はダメです」と言われてしまうようであれば、エネルギービジネスが出来なくなります。この難しさがある中で、今はまたそのうねりのど真ん中にJERAはいるのです。

吉高:そこにお金を出すのが銀行や投資家ですよね。おそらく今後もエネルギー価格は上昇しますよね。私も含めて生活に直結しているので、そうなるとみんな実感してくることになるのでしょうね。

奥田:田中さんが住まわれているオーストリアでも、日本でも停電はめったに体験しないと思います。これほどの騒ぎになっても普通に電気もガスも使用できていますが、これが世界の常識だと思ったらそうではなくて、今回の環境のフェーズ変化や、戦争が起きて世界が分断されることによって、途上国をはじめエネルギーの安定供給に支障が起きているのです。そこで私が心配しているのは、貧しい国と豊かな国で全く違う主張をするようになることです。やはりエネルギーや食糧は、全ての人がその恩恵に預からなければならないもので、無理のない値段で、それなりのクリーンなエネルギーが手に入るという状態を世界中で作らなければならないし、食糧も全く同じで、無理のない値段でみんながお腹いっぱいになれる状態を作らなければならないのですが、いまはとても難しい状況にあるということだと思っています。

田中:普段生活していると、どうしても当たり前にあると思ってしまいますよね。こうしてお話を聞けると非常に身近に感じられて、では私はどうすればいいか、というのが考えやすいですね。例えばオーストリアでは、電気の使用量が前年比で少なければ最後に返金されるのですが、このように目に見えて身近に感じられるものがあればと思いますが、日本ではそのあたりどうでしょうか。

吉高:そうしたキャッシュバックのようなものはないですね。

奥田:吉高さんが懸命にCO2に価値をつけようとしていますが、私たちが発電している電気にその価値をつけて売ることができるかというと、それがなかなか難しいのが現状です。

吉高:欧州はきちんと市場ができていますよね。

奥田:私たちも欧州の真似をしてカーボンプライシングを作ろうとしているのですが、お客さん側にニーズがないと値段は上がりません。先ほどの音楽を例に挙げれば、そもそも音楽を聴きたくない人は、お金を払って音楽を聴きに行こうとしないし、CDを買おうとしません。きちんとニーズがないとお金の価値がつかないのです。そのため、CO2を出さない電気を欲しい、という人がある程度出てこないと、そうした商品を作っても価値がつかないため、やがてその商品はなくなってしまいます。何か規制的な手段があって、「CO2の排出を削減しないと、みなさんの活動にこういう制約が生まれますよ」ということが明確にならないと、なかなかそこに対してお金を払おうとしないという段階ですね。

私たちのように先進国にいると途上国のことはそれほど考えない、ここが大きな問題だと思います。環境問題はCO2のフェーズになってから様変わりしたことを話しましたが、途上国では大気や水質汚染、SOXやNOXなどで直接的に被害を受けている状態で、解決できていません。煙突からは煙がモクモク出ている彼らからすると、先進国の課題はCO2かもしれないけれど、自分たちはまず目の前のSOXやNOXを削減することや、目の前の水質汚染を何とかしたいという段階なのです。先進国の人間は「自分たちの目の前に広がる世界が、その先の世界にも広がっている」と勘違いしてはダメで、段階に応じて順を追った対応策を打っていくべきなのです。

各国で道筋が異なる中で目標を定めて、どう進めていくのかを、金融をはじめ、技術を持つ人、実際に使う人、特に途上国が一緒になって真剣に考えはじめたと強く感じました。(吉高)

吉高:私が実際に途上国で仕事を始めた2000年ごろ、例えばソマリアやエチオピアなどの、人道問題があったり毎日の生活にも困っている国々では、排出権はいくらエネルギーの新しいものを作るためだとはいえ、それを積極的に導入することはやはり違うと。ただ一方で、インドや中国などの途上国においては、技術を持っている日本が戦略的にアプローチしていくべきだと考えていました。しかし、東日本大震災の時に、アジアの仕事のパートナーたちが日本を心配してくれるのと同時に、中国や韓国のビジネスパーソンがよく来訪する一方で日本からは最近全然来なくなった、というようにも言われました。奥田さんがおっしゃったことは、ずっと私も思っていることではありつつも、世界は変化してきているので、ひとつにくくれないなと。毎年、気候変動の国際交渉の場に行くと、本当に変わってきていると実感します。

奥田:各国もそれぞれのペースで成長し続けているわけで、その段階も変わりますよね。様々な段階の国があるとの認識は持たなければならないし、その国にとって一番良いものを提供することが先進国の役割だと思っています。

吉高:昨年ドバイで開催されたCOP28では、トランジションという言葉が良く使われました。もちろん高い目標を掲げるのですが、各国で道筋が異なる中で目標を定めて、どう進めていくのかを、金融をはじめ、技術を持つ人、実際に使う人、特に途上国が一緒になって真剣に考えはじめたと強く感じました。目に見えない価値でもCO2はかなり定着してきました。一方で、自然の価値はなかなか数字では表せないのですが、実は生物多様性クレジットというものもあるのですよね。行動経済学でもよく言われていることですが、人間は様々なものを見える化しないと、それに対して行動ができないそうです。そのため、田中彩子さんにもやりたいと思うことがいろいろあると思いますが、これをちゃんと見えるようにすることを考えていくのが本当に重要だと思います。今、やっと環境価値できちんとお金が動くようになってきているので、いつかはできるようになるのではと、田中彩子さんとよく話したりはしていますけれど、やはり音楽の世界になるとお金は聖域みたいな感じですし、なかなか難しいですよね。

今の学生はカーボンクレジットへの関心は高いですよね。(吉高)
これこそ一般化したということだと思います。(奥田)

奥田:それが間違いですよね。縦割りの聖域がどんなところにもありますよね。クラシック音楽は特別な存在で、普通の人は聴いてはいけない、知識レベルの高い学者だけが聴くような頃もあるわけです。そういう世界だと価値がつかないのです。逆に言えば、それは音楽に価値をつけることに誰も一生懸命になっていないから、だんだん分断されていくのですよね。だから吉高さんはCO2の価値を大衆化するということをされたわけですよね。

吉高:今の学生はカーボンクレジットへの関心は高いですよね。

奥田:これこそ一般化したということだと思います。

吉高:一般化していつかミュージッククレジットができるかもしれません。人間はこれまでの伝統を変えるのに抵抗があって、チャレンジしたいと思うけれど、なかなかチェンジできない。例えば日本の神事にはとても価値があると思うのですが、一方で日本には宗教がないと言われます。いま人間の幸せ度を数値化するウェルビーイング指標がありますよね。そこに乗せる形で、文化的価値や信じる心の価値を見える化してはどうだろうと考えたことがあります。これをやると、多分、さまざまな議論を呼びそうですね(笑)

自分と価値観が異なる人と話す中で発見をして、もっと自由に議論できる場がないと、価値創造はできないと思っています(奥田)

奥田:見えないものに価値をつけるのは難しいが大切なことである、というのは本日のテーマだと思っています。田中彩子さんとの対談を続けてきた中で、最初のテーマは創造力でした。見えないものに価値をつけるには、イマジネーションとクリエイティビティの両方が必要で、両方がないと見えないものに価値をつけようという発想もないわけです。こうした能力を持った人材を育成するにはどうすべきか考えるべきだと思っています。それはMBAの教科書をいくら読んでも記載はなく、むしろ遠ざかります。幼少期から自然の中で遊ぶとか、良い音楽を聴く、良い絵と出会う、そうした活動全体の中でこのイマジネーションやクリエイティビティは育まれていくので、そういう人間を育てていかないと本来あるべきところに価値がつく社会にはなっていかないと私は思います。

吉高:ゼロイチでアイデアを創出する学生と企業のマッチングもしています。企業は1を10にはできるのですが、ゼロを1までに形作る教育というのは本当に重要ですよね。

奥田:自分と価値観が異なる人と話す中で発見をして、もっと自由に議論できる場がないと、価値創造はできないと私は思っています。そのため、このクロスオーバーな対談や、社員向けには有識者サロンも開催しています。先日は有識者サロンに昆虫学者をお招きして議論をしました。昆虫から見たら世界はこう見えていますよとか、やはり異なる価値観を持つ方と話すと、こんなに面白いのかということがたくさんあります。そうした中で新しいビジネスの発見も出てくるでしょうし、それは芸術も一緒だと思いますね。そういう話を聞く中で歌い方や、同じ楽譜から見えてくる光景が変わるかもしれないと思うのですね。

田中:変わります、変わります!同じ曲でも3年前と今では全然違う歌い方になったりします。

奥田:面白いですよね。特に芸術はその時代、その時代を本当にリフレクトしたものが運ばれてくるのだと思いますね。

吉高:日本の経営者でクロスオーバーをやられている方は少ないので貴重だと思います。

奥田:社内では「なぜ私たちは昆虫学者の話を聞く必要があるのでしょうか」という意見の人が多く、「だから聞く必要があるんだよ」と言っています(笑)

何の専門家でもないけれども、価値観の異なる人と対話することで新たな課題解決をできるかなと思っていました(吉高)

吉高:なるほど。自分も友人は企業人ではない人が多く、だからこそ話をしていると新しいアイデアが湧いてきますし、学生にも共感を持って話すことができます。たとえクロスオーバーした先にクリエイティビティがなくても、共鳴や共感は重要かなと思います。

奥田:クロスオーバーをいくら実施しても、これいいね!で終わってしまうとビジネスパーソンとしては失格であって、そこから先に本当にビジネスにして、自立させてビジネスを継続させなければならないですよね。そして大儲けまでする必要はありませんが、適正な利益が入るところまで定着させて初めて成功です。しかし、浮ついたことは言えてもビジネスにできない、ビジネスに精通しているけれど創造力に欠ける、のどちらかが多すぎる気がしています。それは組織として補えばいいことなので、だからこそ、違う価値観の人が集まって仕事をする環境を作るのがいかに大切かという点に落ち着くのだと思います。

吉高:「Mindwalk」という昔の映画があります。モンサンミッシェルでアメリカ大統領候補、詩人、ノルウェーの物理学者の3人が自分たちや社会の課題をずっと話し合って、それぞれが人生に適用し自分事化することで出発するという映画です。これは私がとても大事にしている映画なのですが、私は大学院で環境を勉強しても何の専門家でもないけれども、この映画のように、価値観の異なる人と対話することで、新たな課題解決をできるかなと思っていました。今日まさにその映画や、その当時のことを思い出しました。また何かご一緒できると面白いですね。

田中:昔の時代から、芸術家や研究家、何らかの専門家を集めてパーティーを開いて、異なる文化や領域、学問が出会うような意見交換をしていました。そこから生まれたことが今でも繋がっていることもあるそうです。世界が分断されている今だからこそ全部を混ぜ合わせて革新的な新しいことが進んだらいいなと思いました。

奥田:アメリカの企業がそういう場をたくさん作っていますね。本当に面白いのは、我々に対して、芸術家や学者の方、金融機関にも興味を示してくださる方がいらっしゃいます。少しずつ仲間を増やして、そういう仲間から始めていけばいいのかなと思っています。

吉高:新しい取り組みだと最近ではCO2よりも自然資本系の話が増えてしまいますね。今年は国際プラスチック条約というのが交渉されていて、次から次へと新しい課題が出てきており環境問題に終わりはないですね。

奥田: 本日はどうもありがとうございました。見えないものに価値をつけていく際のヒントをたくさんいただいたと思います。大変楽しい対談となりました。

(対談を終えて)

「見えないものや今まで気づかなかったものに価値をつけていく」ことの難しさと楽しさを実感できる対談でした。吉高さんはCO2の排出権を日本に広めることで、それを実践されてきました。田中さんはクラッシック音楽の価値をもっと幅広い方に理解してもらうために、この問題に取り組まれています。JERAは、今の電気の価値をもっと細分化して、取引することを目指しています。電気を作る手段は電源毎にいろいろありますが、それぞれの電源が生み出している電気は、環境価値や柔軟性等の面で異なる性質を有しているからです。これが上手くいくと、脱炭素、安定供給、経済性を実現できる電源等の最適な組み合わせが、市場の取引を通じて実現することになります。道のりはまだまだ厳しいですが、最新のデジタル技術を活用しながら、挑戦し続けたいと思います。

三菱UFJリサーチ&コンサルティング フェロー(サステナビリティ)
吉高まり

米国ミシガン大学環境・サステナビリティ大学院(現)科学修士。慶應義塾大学大学院政策・メディア科博士(学術)。東京大学教養学部客員教授。IT企業、米国投資銀行などでの勤務、世界銀行グループ国際金融公社(IFC)環境技術部などでの勤務を経て、2000年、三菱UFJモルガン・スタンレー証券において排出権取引ビジネスを行うため、クリーン・エネルギー・ファイナンス部を立ち上げ。20年5月より現職、三菱UFJ銀行、三菱UFJモルガン・スタンレー証券を兼務。国の各種審議会等委員にも従事。

ソプラノ歌手、Japan MEP / 代表理事
田中彩子

18歳で単身ウィーンに留学。 22歳のとき、スイスベルン州立歌劇場にて同劇場日本人初、且つ最年少でのソリストデビューを飾る。その後ウィーンをはじめロンドン、パリ、ブエノス・アイレス等世界で活躍の場を広げている。「コロラトゥーラソプラノとオーケストラの為の5つのサークルソング」でアルゼンチン最優秀初演賞を受賞。同アルバムは英国BBCクラシック専門音楽誌にて5つ星に評された。
UNESCOやオーストリア政府の後援によりウィーンで開催されている青少年演奏者支援を目的としたSCL国際青少年音楽祭や、アルゼンチン政府が支援し様々な人種や家庭環境で育った青少年に音楽を通して教育を施す目的で設立されたアルゼンチン国立青少年オーケストラとも共演するなど、社会貢献活動にも携わっている。
2019年 Newsweek誌 「世界が尊敬する日本人100」 に選出。2022年10月22日に行われた、日本のプロ野球チームの頂点を決める「SMBC日本シリーズ2022」の開幕セレモニーでは国歌斉唱を務めた。
京都府出身、ウィーン在住。