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ビジネスとアートの共創
第5回「情熱×創造力」(後半)

2024.1.19

中山さんからは、やってくれそうな安心感が出ています。すごくポジティブなオーラを感じます(田中)

奥田:以前から田中彩子さんのお話を聞かせていただき、今回中山さんのお話を聞いて、お二人ともに、「向こう見ず」というのが成功のキーになっていると感じました。ベンチャー的な分野で成功するためには、ある程度向こう見ずに飛び込んでいく勇気が共通点かと思います。また、話を伺っていて、「偶然」という言葉が多いこと。これは、単なる偶然ではなく、中山さんが褒められた3つの要素「情熱と笑顔、ポジティブなエネルギー」これを思い切り出しながら人と接することで、他人の頭の中に中山慎太郎さんという存在が残り、何かの拍子に中山さんに話をしてみようか、と繋がっていったのだと思います。それがアルゼンチン代表の通訳であり、OUI Inc.の活動に繋がっているのでしょう。これは新しいビジネスの創出パターンかもしれません。今日、中山さんがこの場にいらっしゃるのは、私の中に何かが残っていたからということなのでしょう。

田中:中山さんからは、やってくれそうな安心感が出ていると思いますよ。ネットで写真を見ただけでもなぜだかすごくポジティブなオーラを感じました。

中山:ありがとうございます。奥田さんが私を思い出してくださったことで、今回のような素敵な機会をいただけたと思うのですが、こうしたことが多いのは、自分が本当に周囲の方に恵まれているのだと思います。

奥田:ご自身で出しているものがあるからこそ、偶然が寄ってくるのだと思いますよ。ビジネスも芸術もこれからは価値創造の時代です。偶然を呼び寄せる力があるかどうかが、価値を創造するときの大きなポイントになってくるのかもしれません。その力は、おそらく自分の中のエネルギーから出ていて、それが人に伝わり、また心の中や頭の中に残り、それが何かの拍子に人から人に伝わって、自然に人が集まってくるようなことができるようになるのではと、お話を伺って思いました。

田中:アルゼンチンで子どもが懐いてくれたように、ポジティブなエネルギーがアルゼンチンで増殖されたような感覚はありましたか?

中山:そうですね。アルゼンチンで出会った友人がスペインからの移民でした。実家を案内してくれて泊めてもらったりもしたのですが、調べたら絶対行くなと書いてあるような貧しい地域の出身でした。彼は、苦労して弁護士になり、結構裕福なのですが、地域からは出られていません。彼には子供がいるのですが、「自分の子供には、最初からどこにでも行けるようにしてあげたい。世代が進み、様々なことができるようになっていくことに、俺は幸せを感じる」という発言を聞いて、日本は良くも悪くも頭打ちになっているところがあるので、あまり実感し得ない感覚なのだと思いました。そうした話を聞けたのはとても良い経験だと思います。

奥田:以前に田中さんから伺った話の中で、アルゼンチン国立青少年オーケストラでは、貧しい人も豊かな人も混ざり合いながら音楽を紡ぎ出していて、そこにとてもエネルギーを感じる、という話がありましたが、それと似たような話ですね。世代が進むごとにだんだんステージが上がり豊かになっていく、それを原動力として一生懸命働いたり、自分の好きなことを見つけたりしようとしている。こうした点が、お二人がアルゼンチンに魅了された点かなと思いました。

中山:そうですね。これは面白いなと感じたエピソードなのですが、アルゼンチンにいた時、タクシーの運転手から「日本は自殺する人が多いのでしょ?なぜ?」と聞かれたことがありました。例えば仕事をクビになって将来を悲観してだとか、責任を取れない状況になって自分に絶望したとかかな、と回答したら運転手さんは大笑いして「そんなことで死んでしまうの?」と。「ホームレスなど貧困にあえぐ人はアルゼンチンにたくさんいるけれど、自殺するくらいなら、強盗してでも生きる」と言いました。その発言の良し悪しは別として、人から奪ってでも自分は生きるというエネルギーの違いを感じました。

奥田:死生観がかなり違うのですね。

田中:日本人は責任感が強いですよね。例えば、定時に仕事を終えて帰れるのに、いま帰ったら同僚に迷惑をかけるかもしれないと考えることがありますよね。アルゼンチンではまずそうした考えはありません。友人から嫌なことをされたときに、「他の人のことを考えないの?」と私が言ったら、「なぜ他人のことを考えなければならないの?」と言われました。良し悪しは別として、どうしてこんなにも違うのだろうかと考えてしまいました。

価値観の違いを理解し、違いを前提として活動していくところまでいかないと、本当の意味でのグローバル企業にはなれない(奥田)

奥田:大切な点だと思います。世界は社会構造や言語構造、歴史など、様々なものが混ざり合った結果として、それぞれの国や民族の価値観が形づくられていて、それは決してどれか一つに収束されるものではなく、バラバラの価値観の中で、私たちは生きていく。そうした気持ちになれるかどうかは、グローバル企業になるために乗り越えなければならない大きな壁だと思っています。社内でも、グローバルという言葉がいろいろな意味で使われています。ある人は自分が見てきたアメリカがグローバル、また別の人は自分が見てきたイギリスがグローバル、自分が見てきた地域がグローバル…。でもそれは全てグローバルとは言えないと思います。日本以外の国のひとつの価値観を見てきたに過ぎず、それがグローバルという訳ではないはずです。違う価値観が同時に存在し、その中で仕事や生活を続けることが本当の意味でのグローバルなのだと思います。価値観の違いを理解し、違いを前提として活動していくというところまでいかないと、本当の意味でのグローバル企業にはなれないということなのかなと思います。最近は多様性という言葉が安易に語られますが、単純に男女比が均等に近いことや、多国籍であれば良いということではなく、価値観の違いを理解するところまで達して共存共栄できるかどうかが本当の多様性なんだと思います。

多様性は個人の受け入れる器の広さの部分が重要かと思います(田中)

田中:多様性とは何だろうと時々考えますが、仰るように様々な国籍の方がいればよいという話ではなく、個人の受け入れる器の広さのような部分が重要かと思います。様々な国で、本当に考えられないようなことが起きたとしても、「まぁ、そういうこともあるかもね」と流せるかどうか。それを一瞬で終わらせる人もいれば、どうしてそんなことになるんだろうと、思ってしまう人もいると思います。しかし、それがまた多様性で、多種多様な性格や考えの人が日本の中だけでもたくさんいるのに、国際社会を考えればもっとたくさんいるなと思えば、なんだか「どうでもいいや」と思いますよ。「どうでもいいや」という言葉は凄くポジティブな言葉だと思うのです。

奥田:名言ですよ。「どうでもいいや」がポジティブ。

田中:中山さんのお話をお聞きして、漂うように、まさに砂漠の中をのんびり歩くような感じの生き方をされている人もいるのだと、とても興味深く思っていました。

奥田:「これで成功しよう」という強い意思を持って取り組んでおられるベンチャー企業の社長さんとお会いする機会が多いのですが、中山さんの場合は、人間としての魅力を高めることによって、そこに出会いがあり、その中で話を見つけて、お金ももらえるし、関係する人は皆ハッピーになるという、新しいスタイルの生き方であり、仕事のあり方をされているということ、ここが面白いのだと思います。

田中:中山さんが物事を決断されるタイミングはどうでしょうか。ひらめきですか?

中山:良いなと思ったことはとりあえずやってみる、という感じです。それでも、やってみたものの、あまり上手くいかなかったことや、面白くなかったことも実は山ほどあります。そういう場合は、すぐに次に向かいます。

奥田:今、夢中になって取り組まれていることは何ですか。

中山:OUI Inc.は面白いなと思って、いま最も時間もエネルギーも使っています。

奥田:世界各国を飛び回られているのですか。

中山:東ティモールなどにも行きました。OUI Inc.の活動では、普段なかなか行けないような国を含めて様々な場所に行くのですが、例えば農村の方々に対して眼科医療をきちんと届ける活動は喜ばれることであり、これは万国共通だと感じています。眼科や医療をキーワードにすると、どの国にも良い仲間ができますし、人と人を繋げられるので、多様性という観点では違いがあっても苦にならず、楽しく活動をしています。

奥田:世界中を回っていますが、何の伝手もないところに飛び込むのではなく、何かしら紹介があって現地へ行くのですか。

中山:そうですね。加えて、「先生の論文を拝見して、感動しました!」とメールを送ると返信をいただけることが多く、そこからオンラインで話をしてみて、というアプローチもあります。

田中:今までどこに行かれましたか。

中山:現在、プロジェクトが進行しているのは、アフリカではケニア、モザンビーク、ナイジェリア、ウガンダ。それ以外ではベトナム、カンボジア、ブータン、タイ、フィリピン、マレーシア、東ティモール、インドなど。中南米ではメキシコ、パラグアイとブラジルで、実はアルゼンチンではまだ活動していないのです。

田中:世界のどこに行かれても共通点をお感じになられるのでしょうか。

中山:先ほど申し上げたように、眼科医の絶対数が少なく、かつ都市部に集中していることや、農村などでは眼科の医療設備自体が整っていないということは世界共通だと思います。

奥田:日本人が意外に知らない事実ですね。

中山:日本も眼科医の先生は1万数千人程度いるのですが、やはり都市部に集中していて、地方部や僻地では、眼科医療へのアクセスに苦しんでいる患者さんが多くいる実態があります。もちろん、遠隔から診察を届けることはできても手術などの治療はできないので、地域の先生方と連携して現地での治療に繋げることがとても重要です。とはいえ、診断を届けることで解決することもやはりあるので、まずできることから始めて、少しずつそれを増やしていけるように試行錯誤しています。

失敗という言い方をされず、失敗と認知されていない感じがとても面白い(田中)

奥田:かなり中山さんの本質に迫ることができましたね。どのように育ったら中山さんのような方になれるのでしょう。

中山:いや、自分では自分のことを特別な人だとは思っていませんよ。

田中:さきほど、「これをやってみたけれど面白くなかった」と表現されました。失敗という言い方をされず、失敗と認知されていない感じがとても面白いと思います。

奥田:失敗を苦労話として語る人は多いのですが、そうした話をしないのが面白いですね。そうしたキャラクターがどのようにして生まれたのか興味を持ちました。

中山:大学時代にオーストラリア留学をして、海外に興味を持ったことや、ラクロスチームを作ったことが私自身の原点だと思っています。恥ずかしい話ですが、実は留学したのは、その当時付き合っていた女性にショックな振られ方をして、悶々としてエネルギーの行き場を無くしていた時に、たまたま留学の募集を見つけて応募したのがきっかけです。若い頃の悲しい失恋の思い出なのですが、その体験が無ければ恐らく海外に行っていないので、全く違う人生になっていたと思います。

奥田:これは本人の意思ではなく、それこそ偶然の産物だと思いますが、そうした偶然は、誰にも生涯に何度かはあるのだけれど、そのターニングポイントで変わる人と変わらない人がいるのだろうと思います。ブリスベンで見た光景やラクロスチームを作ってみたら楽しかったという原体験があって中山慎太郎さんが出来上がってきたというのは面白いですよね。

人間的魅力に共感する人同士のネットワークでつながってそこからビジネスを考えるというのは、新しい形かもしれない(奥田)

奥田:中山さんとアルゼンチンは偶然の関係性かもしれませんが、田中さんの場合は、必然のアルゼンチンですよね。ヨーロッパで活動している音楽家は、夏はアルゼンチンに行くというお話を伺いました。

田中:そうなんです。私は何をするにも根源的な部分は音楽で繋がっているかどうかです。中山さんのように、砂漠の中で行き先を定めず思うままに漂うという感じではないので、そのあたりは凄いなと思います。

奥田:中山さんは相当稀有な方なのだと思います。しかし、人間的魅力に共感する人同士のネットワークでつながってそこからビジネスを考えるというのは、新しい形かもしれないとも思います。何ものにも縛られない次世代の働き方のような印象を受けます。

音楽や芸術は子供たちが国際社会で重要な人物になっていくために必要なもの、という考えを大切にしている学校の理事長に就任します。芸術文化は単に気分が良くなるもの、ちょっとした彩りを加えるものではなく、むしろ社会の中心であるべき大事なものだと思っています(田中)

奥田:田中さんもすごく好奇心旺盛で、様々な方とのネットワーク作りがとても上手だなと思いますよ。今度は学校(学校法人AICJ鴎州学園)の理事長に就任されると伺って驚きましたが、どのような経緯だったのですか。

田中:モノオペラを上賀茂神社で初めて公演した際に、神社の方に学校法人を経営されているご夫婦を紹介いただきました。かねてから応援をいただいていたようで、その時はご挨拶のみでしたが、それから数年後に「お話がある」としてお会いしたところ、理事長就任の打診がありました。言語や基礎的な科目も大切にしつ、音楽や芸術は子供たちがこれから国際社会で重要な人物になっていくために必要なもの、という事をとても大事にされている学校で、理事長になって子供たちにこれまでの経験や様々な話を直接してほしいということでした。驚きました。

奥田:素晴らしいですね。今のお話は、私もずっと考えていることです。企業もこれからは地球や社会が抱える問題を解決する事業を展開しなければならないステージに入っていると考えます。よく言われる価値創造型企業への転換です。価値創造を行うときには、芸術的感性は重要です。ここでいう芸術的感性は、商品のデザインといった単純な意味ではなく、時代や社会の風を感じながら何かを新たに生み出そうとする意欲や力という意味合いです。頭の中を一度真っ白にして、感性を研ぎ澄ましてソリューションを想像し、それを仲間と一緒に共有化したうえで、事業として創造していく。ここはハードルがとても高い。これができる人材をどう育成しようと考えるとき、やはり「考える力」と「感じる力」をバランスよく持った人でなければ、なかなかそのステージに到達できないのではないかと思います。これは学校の勉強だけでは身につかなくて、豊かな感受性を育む環境があるかどうかというのが大きなポイントだと思っています。そうした意味で、今世界で起こりつつある「国際社会でこれから生き残れるプレイヤーになるためには、芸術や文化の素養も必要」という流れには、私も共感しますし、田中さんを理事長にお選びになった学園の考えもよく理解できます。

田中:勇気がある決断だったと思いますが、こうした学校がもっと増えたらどう変わるだろうと個人的にも思っています。芸術文化は単に気分が良くなるもの、ちょっとした彩りを加えるものではなく、むしろ中心であるべき大事なものだと思っています。ですから、そうした学校が今後ノーマルになったら世界はどのぐらい変わるだろうかという興味があります。

奥田:話は尽きませんが、そろそろ時間です。大変面白い対談になりました。ありがとうございました。

(対談を終えて)

中山さんの最大の武器は、田中彩子さんが「ポジティブなオーラを感じる」と表現された人間的魅力にあると思います。その人柄に魅せられた人たちから、自然に多様なビジネスの種が持ち込まれ、その中で中山さんが面白いと思ったものを、得意のグローバルな人的ネットワークを活かしながらビジネスに発展させていくというのは、まさに現代的な新しいベンチャーのあり方だと感じました。「情熱と笑顔とポジティブなエネルギーをなくさなければいい」という中山さんの言葉が、まさに彼のビジネスの成功の基盤を表現しています。事業の創り方はいろいろなんだなあ、ということを改めて思い知らされた対談でした。

Life as Caravan代表
中山慎太郎

1982年東京都生まれ。2006年一橋大学法学部卒業。
国際協力銀行、国際協力機構、三菱商事株式会社にて中東・アジア・中南米地域のインフラ開発に従事後、NPO法人クロスフィールズの副代表を経て、2019年よりLife as Caravanとして独立。ラグビーワールドカップ2019年日本大会でのアルゼンチン代表帯同通訳、慶應義塾大学医学部発の眼科ベンチャーOUI Inc. のビジネスサイドの責任者として、国内及び海外での事業展開などを手掛ける。

ソプラノ歌手、Japan MEP / 代表理事
田中彩子

18歳で単身ウィーンに留学。 22歳のとき、スイスベルン州立歌劇場にて同劇場日本人初、且つ最年少でのソリストデビューを飾る。その後ウィーンをはじめロンドン、パリ、ブエノス・アイレス等世界で活躍の場を広げている。「コロラトゥーラソプラノとオーケストラの為の5つのサークルソング」でアルゼンチン最優秀初演賞を受賞。同アルバムは英国BBCクラシック専門音楽誌にて5つ星に評された。
UNESCOやオーストリア政府の後援によりウィーンで開催されている青少年演奏者支援を目的としたSCL国際青少年音楽祭や、アルゼンチン政府が支援し様々な人種や家庭環境で育った青少年に音楽を通して教育を施す目的で設立されたアルゼンチン国立青少年オーケストラとも共演するなど、社会貢献活動にも携わっている。
2019年 Newsweek誌 「世界が尊敬する日本人100」 に選出。2022年10月22日に行われた、日本のプロ野球チームの頂点を決める「SMBC日本シリーズ2022」の開幕セレモニーでは国歌斉唱を務めた。
京都府出身、ウィーン在住。