日本再躍進の鍵はエネルギーにある。日本最大の発電事業者 JERAが見据える未来
2024.5.29
エネルギーの安定供給、手ごろな価格を実現できる経済性、地球環境に与える影響(脱炭素への移行)。この3つの要素は、相反する「トリレンマ」の関係にある。世界を席巻する「脱炭素」の潮流をとっても、地政学的なリスクや国・地域の違いが大きく反映され、実現の仕方は難題となっている。
そうした中、日本発のエネルギー企業がグローバルで奮闘している。「世界のエネルギー問題に最先端のソリューションを提供すること」をミッションに掲げるJERA(ジェラ)だ。
2015年に東京電力と中部電力により設立され、両社の「燃料・火力事業」を統合したJERAは、日本全体における約3割の発電を担う、日本最大の発電会社。2024年5月16日、JERAは2035年に向けた新たな成長戦略を打ち出した。
「3つの戦略的事業領域(Strategic Positioning)と3つの事業運営能力(Operational Capabilities)のコンビネーションで最適なソリューションを提供する」をキーワードに、LNG(液化天然ガス)、再エネ、水素・アンモニアを「戦略的事業領域」として投資を絞り込み、「事業開発、最適化、O&M(オペレーション&メンテナンス)」という3つの分野での事業運営能力を磨きこむ。この相乗効果で最先端かつ多様なソリューションを提供し、顧客、地域、国ごとの地理的・経済的なニーズに応えていく。世界の他のエネルギー企業とは異なる、JERAの強烈な差別化ポイントだ。
JERAは2035年ビジョンに「再生可能エネルギーと低炭素火力を組み合わせたクリーンエネルギー供給基盤を提供することにより、アジアを中心とした世界の健全な成長と発展に貢献する」を掲げている。この実現に向け、2035年度までに3つの戦略的事業領域に累計5兆円を投資、連結当期利益3,500億円を目指す。
JERAのChief Strategy Officer(CSO)であり企画統括部長の多和淳也氏は、「日本と世界のエネルギーの未来をJERAが切り拓く」と力強く宣言する。エネルギーのトリレンマという難題に真っ向から挑む、JERAの勇気ある一手。その先に描かれる「日本再躍進」のビジョンについて、多和氏に聞いた。
安定供給、手ごろな価格、脱炭素への移行…矛盾し合う、エネルギーの3要素
エネルギーにまつわる「安定供給、手ごろな価格、脱炭素への移行」という3要素は矛盾し合うトリレンマの関係にある。たとえば、「安定供給」と「脱炭素への移行」を挙げると、世界の潮流は脱炭素へ向かっており、「脱炭素への移行」の観点ではそれで良いが、それを実現するためには膨大なコストがかかり、「手ごろな価格」が損なわれる。
再エネの主力である洋上風力発電は、インフレと金利高騰の影響で建設費が急騰。特に、再エネ事業は建設段階でほとんどの支出が発生し、それを数十年かけて回収するようなモデルのため、事業者にとってはまさに逆風だ。経済的なプレッシャーはあるが、環境を守るためには再エネ推進の勢いは止めるわけにはいかない。
では、「安定供給」と「手ごろな価格」はどうか。日本の電力は安定的に供給されることで、高度経済成長期の支えとなった。それが一段落し、発電コストを下げるべく市場へ競争原理を導入したところ、ここ数年は夏と冬に「電力不足」が叫ばれることもあった。
さらに、日本の電力インフラの多くは高度経済成長期につくられ、更新時期を迎えている。しかし、規制緩和により競争が激しくなると、企業は新規の設備投資を決断しにくくなる。
「安定供給」と「脱炭素への移行」のバランスも悩ましい。これを考える上で多和氏は、2022年のウクライナ侵攻以前から起きていた構造的な問題を指摘する。
多和淳也(たわ・じゅんや)氏/JERA 常務執行役員 Chief Strategy Officer(CSO)兼企画統括部長。1971年神奈川県生まれ。95年早稲田大学政治経済学部卒業後、東京電力に入社。フュエル&パワー・カンパニー包括的アライアンス推進室副室長兼事業戦略グループマネージャー、2016年JERA経営企画本部企画部長、企画統括部長兼企画部長などを経て、2023年より現職。
「2022年のウクライナ侵攻で電気料金とガス料金が上昇し、欧州から産業の脱出が始まった。ただ実は、電力価格の高騰は2021年から起きていたんです。フランスの原子力発電や北欧の水力発電など、欧州各国は電力の融通が可能ですが洋上風力発電とガス火力発電の割合も大きい。
2021年は記録的に偏西風が吹かない年で、洋上風力発電の発電量が激減、その代わりにガス火力による発電量が急増しました。そのため、急激に欧州での需要が増えたガス価格が急騰し、電気料金にダイレクトに跳ね返ったのです。地球温暖化による異常気象を防ぐために導入した再エネですが、異常気象が発生すれば最初に影響を受けるのも再エネなのです」(多和氏)
欧州流の考えだけでは「脱炭素の道」は実現できない
「安定供給、手ごろな価格、脱炭素への移行」から2要素ずつを見ても困難が多いが、課題はそれだけではない。「電力を含むエネルギーの事情」は、国や地域ごとにこれまで導入されてきたインフラや、地理的な条件、経済発展状況など、あらゆる事情によって異なる。これらを踏まえなくては「その国や地域の低炭素化や脱炭素化、すなわちエネルギートランジションは実現できない。単一の方法論を異なる国に適用してもうまくいかない」と多和氏は言う。日本と欧州を例に多和氏は説明する。
「国土が狭い日本では、全土で台風や梅雨前線による影響を受け再エネが発電できないこともあります。また、周辺諸国とは送電網が繋がっておらず、資源もありません。一方、欧州は各国と送電網が繋がっており、電力が融通できます。あれだけ広いと、晴れている地域と天気の悪い地域の間で再エネ発電由来の電気を融通することが可能です。そして、ガス導管も各国間に張り巡らされています。日本と欧州では電力事情が全く異なるのです」(多和氏)
大切なのは、国や地域の事情に合わせた「脱炭素の道」を考えること。JERAでは、そのシミュレーションを「カーボンニュートラル・ロードマップ」と呼び、重要視している。
電力の需給バランスは「同時同量」が原則であり、需要と供給が時々刻々と一致していることが不可欠だ。それが一致しないと電気の品質が乱れ、供給が正常に行えなくなる。この原則を守るためにも、「火力発電は欠かせない存在だ」と多和氏は強調する。火力発電のメリットは発電量をコントロールしやすいことにある。太陽光などの再エネ出力が弱いときに火力発電の出力を増加させて需要と供給のバランスを整合させる調整役を担っているのだ。
昨今、石炭火力発電は世界的にも槍玉に上げられることが多いが、「日本の事情」に鑑みると、すぐにすべてを再エネへ切り替えるのは実現不可能だろう。そこでJERAは、火力発電における次世代のあり方を目指し、「グリーンな燃料の導入」を進めることで、発電時にCO2を排出しない「ゼロエミッション火力」の実現を掲げている。火力発電所の燃料をLNGや石炭から、燃やしてもCO2が発生しない水素やアンモニアへ転換していく。
水素・アンモニアの新たなサプライチェーンを構築する
JERAは、LNG、再エネ、水素・アンモニアを「戦略的事業領域」として今後の事業展開の柱と位置付ける。
1つ目の柱はLNG事業だ。LNGはCO2排出量を石炭の半分ほどに抑えられるメリットはあるが、世界的な需要も高く、安定的に調達できるかが鍵になる。世界トップクラスのLNG調達力を誇るJERAは、世界中にバイヤーを配置し、24時間365日グローバルにてLNGのチェーンを組み替えながら、安定的かつ経済的にLNGを供給している。
2つ目の柱である再エネ事業において、他社と比較しても特異な立場にあるのが洋上風力発電だ。JERAはアジアで稼働中の大型洋上風力発電設備を保有する数少ない企業の一角である。今後は、昨年買収したベルギー最大の洋上風力発電会社Parkwindの知見や開発機能と、日本や台湾などアジアでの開発経験とを融合し、それらを競争の源泉とすることで、再エネ業界の「ゲームチェンジャー」を目指す。
「洋上風力には巨額の設備投資が必要です。調達を戦略的に行い、コストを抑えることが重要。現状は建設費高騰の局面ですが、次のフェーズに向かうための踊り場にいると捉えています。アジアと欧州の知見を統合し、グローバルで最適なサプライチェーンを構築していきます」(多和氏)
JERAが事業参画する台湾の洋上風力発電
3つの柱の中で、水素・アンモニア事業は、JERAにとって次世代への大きなチャレンジでもある。
多和氏は「日本を含めた島国型のアジア諸国では、エネルギーの安定供給、手ごろな価格、脱炭素への移行を実現する最も現実的な選択肢として、これからLNG火力を積極的に導入すべき」と考えている。まずは現在もアジアでは主流の石炭火力からLNG火力へ切り替えてCO2排出量を半減させる。さらに、そこからの排出量ゼロを達成するために、JERAは水素やアンモニアの燃料利用を推進していく。
石炭を燃料とする運転中の火力発電所を作業用に運転停止することなく部分的に改修することで、燃料の20%をアンモニアに転換する実証試験を2024年4月より開始。アンモニアを燃焼させると窒素酸化物の発生を不安視する声もあるが、実証においてはこれらを増加させることなく燃料転換が可能なことも確認した。「2027〜28年には商用運転を開始したい」と多和氏は語る。
「3つの戦略的事業を組み合わせ、お客さまのニーズに応じて最適な形でソリューションを提供する。国や地域によって、電源構成のベストミックスは異なりますが、JERAとしてはこれら3つの戦略的事業を多様に組み合わせて、その国や地域に相応しい提案ができると考えている」(多和氏)
実証試験のために新設されたアンモニアの貯蔵タンク
アンモニアの燃料利用に目が向きがちだが、実際はアンモニアを「水素社会のドアオープナー」と位置付けている。マイナス253℃という極低温でないと液体化できない水素に比べ、アンモニアはマイナス33℃で液化され、取り扱うノウハウも確立されているからだ。アンモニア燃焼時に発生する窒素酸化物の除去技術も、日本は過去に公害を経験していることから、環境規制の過程で培われている。
「石炭火力が脱炭素に向けた最大の課題であることは強く認識しています。既存の石炭火力については、非効率的なものは廃止を進め、需給上どうしても止められない、かつ、高効率なものについてもアンモニア燃料への100%転換を行う。これは、水素社会への入り口を開き、他産業における水素の利用を推進することにも繋がる。アンモニアは、石炭火力の延命策ではありません」(多和氏)
今、水素・アンモニアに活路を見出す姿は、かつてLNGの導入を推し進めた1970年頃と重なる、と多和氏は振り返る。現在でこそ成熟技術となったLNGも、当時は原油より高価だったが、世界中がLNGを使うようになり経済性が改善し、結果的に価格メリットも得られるようになった。
水素・アンモニアへの燃料転換に始まり、その利用比率を高めるべくJERAは取り組んでいる。利用比率を上げるとともに、多和氏が「最大のチャレンジ」と挙げるのが「新たなサプライチェーンを構築すること」である。
アンモニアは肥料用などにも使われ、すでに一定の世界的なマーケットがあるが、その規模は大きくない。そのため、既存マーケットからアンモニアを調達するのではなく、発電燃料用のアンモニアマーケットを新たに形成し、安定的な生産と調達を実現しなくてはならない。JERAはアメリカ企業とアンモニア生産プロジェクトを検討中だが、将来的には中東やオーストラリアも有力地として視野に入れている。
言わば、「蕎麦を食べたいから、まずは蕎麦畑から自ら作る」ような取り組みだが、多和氏は「川上から川下まで手掛ける実力がJERAには備わっている」と自負する。
日本経済のミッシング・ピースを埋める
今後については、「事業開発」「最適化」「O&M(オペレーション&メンテナンス)」の3つの専門家集団を組み合わせ、シナジーを発揮する組織設計で、JERAの独自性を示している。
「言い換えるなら、事業開発は投資銀行、最適化はトレーダー、O&Mはエンジニア。従来の電力会社のように業容別に組織を分けるのではなく、職能の違いで人材を配置する。専門性を磨き、プロフェッショナル集団として協業することが重要」(多和氏)
例えばO&Mでは、デジタル技術を活用した予知保全に力を入れる。JERAが持つ世界中の火力発電所からデータを専門チームに集積、そのビッグデータを解析し、トラブルの予兆を察知している。このノウハウは、火力発電だけでなく、頻繁な点検が難しい洋上風力発電においても活用される。「火力発電」「風力発電」など、業容に分かれて仕事をするのではなく、「LNG」「再エネ」「水素・アンモニア」の3つの事業領域を、3つの専門家集団でオペレーションしていく。
専門家集団を組み合わせるにあたり、多様な専門人材をどう融和させ、競争力に結びつけるのか。「日々の成果を出す『狩猟民族』と、計画をたて時間をかけて実を採る『農耕民族』が協業するかのようなチャレンジ。双方の貢献をフェアに評価し、バランスを取っていきたい」と多和氏は意気込む。
事業間、そして職能間の垣根を越えた協業。JERAの目指す姿の先には、日本の再成長にはエネルギー問題への対処が欠かせなくなる、という見立てもある。多和氏は、エネルギーこそが日本の高度経済成長を支えた礎だったと語る。
「現代で例えれば、半導体工場が1つ稼働するのに、火力発電所1基分の電力が必要です。高度経済成長期は、電力インフラの整備で経済発展のボトルネックを解消できました。言わば、資源小国・日本のミッシング・ピースだったエネルギー問題を埋められたからこそ、凄まじい発展が実現できたのだと思います。
今後も日本でエネルギーの安定供給を実現できれば、日本に産業が戻ってくるチャンスは大いにある。逆に言えば、現状の日本はエネルギー問題こそ抱えていても、それ以外に魅力的な生産要素はかなり持っています。だからこそ再び、JERAが“日本経済のミッシング・ピース”を埋めたい」(多和氏)
再エネへの切り替え一辺倒では安定供給が揺らぐ中で、ゼロエミッション火力と再エネの最適な組み合わせによって「エネルギーのトリレンマ」を解こうとするJERAの挑戦。難題に挑むその先に、日本経済の新たな飛躍が待っている。
制作:Business Insider Japan Brand Studio
「2035年ビジョン実現に向けたJERA成長戦略」「2035年までに目指す収支水準・財務戦略」についてはこちら