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現場の力をAIに乗せるデジタルパワープラント=DPP

2023.11.22

発電所の未来像が見えてきた。JERAは2023年10月10日、「デジタル発電所(Digital Power Plant=DPP)」について報道機関向けの説明会を実施。発電所の運転・保守(Operation & Maintenance=O&M)をデジタル化してデータドリブンなO&M体制を構築する取り組みを紹介した。併せてマイクロソフト コーポレーション(以下、マイクロソフト)と共同開発したメタバースと生成AIの最新鋭のO&Mテクノロジーも公開された。日本最大の発電容量を誇る設備のO&Mから得られる膨大なデータ。それをデジタル化することで創造される働き方や共創体制は、世界の発電所のO&Mを変革する力を秘めている。(文中敬称略)

エンジニアだから創造できるソリューション

「この旅は始まったばかりである」――。JERA副社長執行役員で、Chief O&M・E Officerの渡部哲也は、短い言葉のなかにDPPへの期待と自信を込める。渡部はさらに、「発電所のO&Mをデジタル化(DX)することには3つの意義がある」と語る。

つまり、①発電所同士が時を超えてつながる=各発電所の過去の膨大なO&Mデータをデジタル化することでデータが「知恵として未来に」つなげられる ②発電所同士が空間を超えてつながる=離れていても互いの課題や解決策を共有し、利用できるようになる ③あいまいさを形にできる=専門性の高いO&M業務の知見やノウハウを形式知にできる。ということだ。

JERAは国内26カ所の火力発電所を持ち、合計約6,100万kWの発電容量を誇る。さらに海外でも約1,240万kWの発電容量を持っている。年間の発電電力量は国内の発電電力量の約3割に相当する。これだけ巨大な発電事業の背後には、膨大なO&M関連の技術ノウハウとデータがある。これらをデジタル化して形式知に転換できれば、どのような価値を生み出せるのか。JERAはそこにさらに「AI」も投入して、「JERA-DPP®」と呼ぶ独自のソリューションを構築しようとしている。

それは、「エンジニアだからこそ創造できるソリューション」とも言い換えられる。現場のエンジニアの気づきや知恵は、JERA-DPP®のソリューションに余すところなく盛り込まれる。その上で、例えば発電所の計画外停止を現在の平均年10日からゼロにする、データとAIの活用でメンテナンスコストを20%削減する、より業務を効率化して最適な人数で発電所を運営する、AIの提案をエンジニアが判断して対応する、LNGなど燃料市場の相場や電力需給の動向に機動的かつ柔軟に対応できるようにする等のメリットを創造しようとしている。

そしてなによりも重要なのは、現場のエンジニアの働き方が大きく変わることだ。従来の「監視とトラブルへの対応」から、「データサイエンティストとしての予知・予防」への転換が促される。予知・予防は多くのメリット、つまり多くの価値を生み出す。現場のエンジニアは、新たな価値を生み出すことに注力できるようになるのだ。

現場の力をAIに乗せるデジタルパワープラント=DPP イメージ

JERAは、「設備と人の仕事をパッケージ化し、誰もが価値を創出できる働き方を実現する」ために、姉崎発電所から順次DPPを推進する

熟練者たちの暗黙知を形式知化した「DPPパッケージ」

JERA-DPP®は2つの仕組みを柱として推進されている。それは①O&Mの専門ノウハウ等のアプリケーションを組み合わせ、パッケージにした「DPPパッケージ」と、②国内外の発電所の設備状況の予兆監視や現場サポートを行う「Global-Data Analyzing Center=G-DAC」である。

そもそもJERAのO&Mのデジタル化は、5年ほど前の2018年に始まった。全社的なIT・デジタル変革の取り組みの一環であり、2020年には「DPP変革プロジェクト」がスタートした。その大きな成果であったのが「DPPパッケージ」だ。

発電所のO&Mには実にさまざまな業務がある。発電機を運転するための監視やデータ収集、不具合発生の対策判断や操作、原因の解明、設備の保守や不具合の予防、石炭やLNGなど燃料の市場動向を見た運転計画の策定等々。それらを大括りしたとしても「性能管理」「予兆管理」「不具合管理」「作業停止管理」「予寿命管理」「保全計画」のように多様な領域に区分される。しかもそれらの業務は高度に専門的であり、知見やノウハウは現場のエンジニアに「属人化」しており、一子相伝のように受け継がれてきた。

DPPパッケージは、熟練技術者がこれまでの業務経験で得てきた勘やコツといった知見やノウハウのすべてをデジタル技術に置き換えたものである。パッケージでは、「情報収集」→「情報分析・予測」→「対応決定」→「対応実行・評価」という4段階のアクションがアプリの支援を得ながら促される。アプリの数は20を超え、ケースに合った対応策が示される。

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エンジニアの専門的な知見を 「形式知」に変え、ハイレベルでの情報共有と業務対応の変革をもたらすアプリケーション群 「DPPパッケ ージ」

O&Mエンジニアリング戦略統括部デジタルパワープラント(DPP)推進部長の亀井宏映は、「世界のエネルギー情勢に機動的に対応し、世の中の人にあまねく安定的に電力を供給するには、もはや従来のやり方では通用しません。DPPパッケージアプリの導入により発電所の所員は、データの収集や分析業務から解放され、データの活用や業務の改善に注力できるようになります。属人化していた暗黙知は、誰もが共有できる形式知となり、組織の枠を超えてデータドリブンな発電所運営と意思決定が促されるのです」と解説する。

DPPパッケージアプリは、2023年4月に姉崎火力発電所(千葉県市原市)に導入されたのを皮切りに、5月には武豊火力発電所(愛知県知多郡)、6月には横須賀火力発電所(神奈川県横須賀市)にも導入された。発電所の発電方式や規模などによってはカスタマイズが必要になるが、今後は順次、各地の発電所に導入されていく予定だ。

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DPP推進部長の亀井宏映

AIとメタバースで世界中の発電所との共創を目指す「G-DAC」

2023年7月にJERAの本社組織として新設されたのが「G-DAC(Global-Data Analyzing Center)」だ。JERAが運営する国内外62ユニット(2023.10.10時点)の発電設備を、AIの支援を得ながら予知・予防に特化して24時間、リアルタイムに監視している。
例えば、ある火力発電所で「1週間以内に異常が発生する」とG-DACが検知した場合、その発電所のエンジニアに確認や検査を依頼し、共同で対処する。言うまでもなく発電所のDPPパッケージでの予知・予防は、G-DACにおける予知・予防とも連携する。

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姉崎発電所の制御室に映し出された 「JERA-DPPメタバース」。画面にはトラブルに伴う各種の情報が表示され、ミーティングに参加するエンジニアがメタバース上に集結する

G-DACにはもう一つ、特定の火力発電所でトラブルが発生した場合、世界中のエンジニアが仮想空間(メタバース)上で課題解決できる共創空間の構築を進めている。
メタバース上では、G-DACのアナリストや発電所のエンジニアが時間や空間、言語の壁を超えて課題解決に向けて共創する。その際、生成AIを活用した「Enterprise Knowledge Adviser(EKA)」からは、JERAが長年にわたって蓄積してきた発電所の運営ノウハウや課題解決策が提供される。

一連のシステムはJERAとマイクロソフトが共同で開発した。暗黙知を生成AIに取り込み、さらに生成AIを単独ではなくメタバースと一緒にした統合的なシステムにしたところに従来にはない特徴がある。しかもそれを世界同時に利用できる体制を整えたのだ。

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メタバース上の 「イベント空間」 と呼ばれる画像

O&Mエンジニアリング戦略統括部G-DAC部長の手川典久は、「発電所の運営など電力業界のO&Mユーティリティとして、ここまでハイレベルな仕組みを開発して実用化しようとするのは世界初の試みです。AIは数々の不具合事例に学び、対策案を提示しますが、その根拠も同時に提示する機能も備えています。今後、2023年10月から姉崎火力発電所で検証作業を行い、現場と仮想が融合した働き方や、将来的な拡張方針などについて年度内には検証を終了し、2024年度より本格的な運用を始める予定です」と語る。

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G-DAC部長の手川典久

共同開発にあたった津坂美樹・日本マイクロソフト(株)代表取締役社長は、「私たちにとってもチャレンジングなプロジェクトで、JERAさんとは本当に多くの議論を重ねました。JERAさんが持っている火力発電に関する豊富な知見やデータと、マイクロソフトが持つ最新のテクノロジーが共創することで、SDGsの実現に向けた新たな社会変革を生み出したいと考えています」と語ります。
マイクロソフトとは2023年7月に戦略的パートナーシップも締結しており、今後は新たなイノベーションとビジネス機会の創出のために共同運営体制を構築する。両社のグローバルな顧客基盤を活用して一連のDPPソリューションのセールス・マーケティング活動も展開する予定だ。

DPPソリューションで発電所の働き方革命に貢献する

DPPパッケージにしてもG-DACにしても、真っ先に検証の舞台として導入されているのは姉崎火力発電所である。

姉崎火力発電所は運転開始から50年以上が経過し、2017年から1~3号機の最新型設備への更新(リプレース)プロジェクトがスタート。新1・2号機に続いて2023年8月には新3号機が営業運転を開始。いずれもガスタービン・コンバインドサイクル(GTCC)方式を採用した最新鋭のLNG火力発電所だ。

姉崎火力発電所のリプレースプロジェクトを“好機”として、O&Mのデジタル変革も併せて導入された。最新鋭の火力発電所は、設備が最新鋭であるだけでなく、O&Mも最新鋭であり、かつ火力発電の未来像を創造する場にしようともしている。
もちろん、O&Mのデジタル化では、まだ手つかずの領域がある。ただ、現場の優れたO&Mの力と良質なデータが絶え間なくDX化されることで、新たな未来と技術風土が着実に育まれている。手つかずの領域が消えていくのは遠い話ではない。

世界の発電所はDXという大きな転換点を迎えている。JERAは、自ら創造したDPPソリューションを、自らの利用にとどめる気はない。JERA副社長の渡部は、「DXを単なるデジタル化で終わらせず、デジタル・レボリューションと呼ぶべきレベルまで高めていきたい。その上でデジタルと現実の物理世界の統合などではマイクロソフト社の技術力を借りつつ、ソリューションは世界に向けて積極的に外販していきたい」と語る。
未来への旅は始まったばかりだが、旅を始めたのはJERAの他にはない。

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報道機関向け発表会ではメタバースやデジタルツインへの関心が高かった

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報道機関向け発表会に登壇した(左から) 株式会社JERA 常務執行役員G-CIDO・サミ・ベンジャマ、株式会社JERA 副社長執行役員 COMEO (Chief O&M E Officer)・渡部哲也、日本マイクロソフト株式会社 代表取締役社長・津坂美樹、日本マイクロソフト株式会社 執行役員常務インダストリアル&製造事業本部長・横井伸好

手川 典久(てがわ のりひさ)

手川 典久(てがわ のりひさ)

株式会社JERA O&M エンジニアリング戦略統括部G-DAC部長

亀井 宏映(かめい ひろあき)

亀井 宏映(かめい ひろあき)

株式会社JERA O&Mエンジニアリング戦略統括部デジタルパワープラント (DPP) 推進部長