【緊急ルポ】
電力ひっ迫。そのピンチを現場はどう乗り越えたのか
2022.12.21
2022年6月最終週の日曜日、東京電力パワーグリッドサービスエリア内に「電力ひっ迫注意報」が発令された。
日本の首都圏であり、全国の約1/3の電力を消費する経済の中心地。そのエリアで電力供給の余力を表す予備率が5%を切り、供給不足に陥るリスクがあったのだ。
そればかりではない。6月時点で予測されていたこの冬の東京の予備率は、“マイナス”だった。
いったい何が起こっているのか。私たちが普段意識せずに使っている電力・エネルギー供給の舞台裏を、各所に取材した。
6月に35℃を超えたのは、過去30年で2回だけ。2022年は25日から5日間連続で猛暑日となった。
猛暑は計画に
合わせてくれない
6月最終週の週末、東京は例年より20日以上も早く梅雨明けし、季節外れの猛暑に見舞われた。
気温が大きく上下する季節の変わり目には、冷暖房が一斉に使われ始め、電力需要が急増する。
一般送配電事業者や小売・発電事業者は需要の増減を考慮して電源設備の運転計画を立てているが、今年の猛暑は早すぎた。
6月は、需要が増える7月に向けて準備を行う期間。当初の計画では、まだ600万kW程度の発電所が、補修点検により稼働を停止しているはずだったのだ。
猛暑が続いた6/27〜7/1は、需要が高まる夏季に向けて調整電源の補修点検を減らす前の期間。さらに、2022年3月に起こった福島県沖地震の影響で、東京エリアに送電する火力発電所も一部停止していた。(2022年7月20日 電力・ガス基本政策小委員会 資料4-3)
東日本大震災が起きた2011年以降、東京電力パワーグリッドサービスエリア内における6月の電力需要は、最大でも4,727万kW。だが、26日の予測では、翌日の想定最大需要は5,276万kWだった。
一般送配電事業者は需給バランスを保てるように、気象を含めたさまざまな条件を考慮して需要予測を立て、供給力を調整している。
ただし、1、2週間先の天気予報をもとにある程度までは予測するものの、正確な読みができるのはせいぜい2〜3日前だ。
1%の攻防と、
節電要請の重み
東京電力パワーグリッドの執行役員・系統運用部長の田山幸彦氏は、需要予測の難しさをこう語る。
「前週の金曜日(24日)には、週明けからかなりの高気温となり、電力需要が高まると想定。各所に供給力確保のお願いを行っていました。
企業や一般家庭のお客さまへの節電要請を含む『電力需給ひっ迫注意報』は、私たち一般送配電事業者にとって苦渋の手段。国や各事業者との調整は進めていましたが、日曜になっていよいよ発令となりました」(田山氏)
実際、これがギリギリのタイミングだった。異例の猛暑は1週間続き、連日のニュースで電力需給ひっ迫注意報が報じられた。
東京電力パワーグリッドサービスエリア内の電力使用率を見ると、29日、30日には97%を記録。注意報発令による節電効果は、30日に最大で440万kW(節電率8%)あったと分析されている。対策を一歩間違えば、首都圏が停電する可能性もあったのだ。
出典:東京電力パワーグリッド「でんき予報」より
電力需給ひっ迫の「注意報」が発令されたのは、今回が初めてだ。
というのも、電力事業者や国、報道機関が連携して節電要請などの対策を呼びかけるこの制度自体が、2022年3月の福島県沖地震で多数の火力発電所が停止し、電力不足に陥ったことを省みてつくられたものだったからだ。
冬の予備率は
マイナスだった?
エネルギーアナリストの大場紀章氏いわく、「3月の地震を受けて5月につくられたばかりの制度が翌月に発動され、予想以上に効いた。今回のピンチを乗り切ったのは、ある意味“ラッキー”だった」。
もちろん、国や電気事業者は、節電に限らずあらゆる手を打っている。
「自家発電設備を持っている企業への焚き増し(発電量の増量)要請や、デマンドレスポンスといって、契約事業者の操業を調整してピーク時の出力を落としてもらう仕組みもあります。
ほかにも一般送配電事業者の供給エリアをまたいだ相互融通や、この週に点検に入る予定だった発電所の休止を遅らせたり、運転再開を早めたり。需給ともに、短期的に打てる手はすべて打った結果、なんとか乗り切ったというところでしょう。
ただ、地震や異常気象を別にしても、電力インフラの脆弱性がじわじわと高まっている。構造的に解決しないといけない問題は残っています」(大場氏)
実はこの冬、とくに2023年の1月から2月にかけて、電力予備率3%を切るような、より深刻な電力ひっ迫が予測されていた。
6月時点の見込みでは、東京エリアの予備率は「マイナス」だった。予測される電力需要に対して、200万kW近くも供給力が不足していたのだ。
出典:経済産業省資料をもとに作成(2022年6月、11月時点)
その後、経済産業省による追加供給力対策や福島沖地震で停止していた火力発電所の復旧などにより、11月時点では東京エリア、西日本エリアとも安定供給に必要な予備率3%を確保できる見通しとなっている。
電気が届くまでの
仕組みとは
ここで、日本の電力供給の仕組みを簡単に解説しておこう。
2016年4月の法改正以降、私たちのもとに電気が届くまでには、大きく3つの事業者がかかわっている。
ひとつが、原子力や火力、再生可能エネルギーなどの電気をつくる「発電事業者」。
ふたつめが、発電された電気を送電線・配電線などを使って送り届ける「一般送配電事業者」。
そして、発電事業者等から電気を調達して、一般家庭や商店、工場などの事業所に電気を販売する「小売電気事業者」だ。
出典:東京電力パワーグリッド提供資料をもとに作成(2022年10月時点)
かつては大手電力会社が一手に担っていた3つの事業は、2000年代の電力システム改革と自由化によって段階的に分割され、広域機関が需給計画を取りまとめることで電力供給を最適化している。
これだけ多くのステークホルダー間で、電気が不足したり、過剰になりそうなところを瞬時瞬時に調整しなければならない。
東京電力パワーグリッドなどの一般送配電事業者は、電力系統を流れる電気の周波数を見ながら需要と供給のバランスを調整しているそうだ。
電力系統を流れる電気の需給バランスが崩れると、周波数が変動する。東日本の送配電事業者は常に変化する需要に対して周波数が50Hzになるように出力調整を行っている(西日本では60Hz)。
需要が増えて供給量が相対的に不足すると、周波数が下がる。逆に、需要が減って供給量が過剰になると、周波数が上がる。
この周波数が安定していることが、産業にとって重要な電気の「品質」であり、大きく乱れると最悪ブラックアウト、つまり大停電に至るのだ。
猛暑や厳寒期に需要が増えるほかにも、万が一の事故や故障で発電所が停止したり、天候によって太陽光や風力の発電量が落ち、供給力が不足してバランスが崩れることもある。
そうした場合のバックアップも含めて、必要となる電力の余力の目安が「予備率8%」。しかし、先々の需給計画で供給不足が見込まれる場合も、すぐに運転できてコントロールできる電源があるわけではない。
予備力として使われる電源のほとんどは、火力発電の焚き増しや、追加供給力公募(kW公募)による休止発電所の再稼働だ。
この冬の電力不足を
救った現場
国内に26カ所の火力発電所を持ち、6,600万kWの発電容量を持つ日本最大の発電事業者JERAでは、国や東京電力の要請を受け、6月末に長期計画停止中だった千葉県・姉崎火力発電所5号機の運転を再開。2023年2月には同6号機の運転も再開させる。
長期停止中だった姉崎火力発電所の1〜6号機。いちばん左の6号機は運転再開に向けて整備中。煙突に隠れているが、隣の5号機は再稼働している。
長期計画停止とは、「運転再開の予定がない」ということ。JERAの最適化統括部長・野口高史氏は言う。
「姉崎火力発電所は高度成長期にできたプラントで、5号機の運転開始は1977年、6号機は1979年です。どちらもこのまま役目を終え、同じ敷地内に建設中の新しい発電設備にリプレースしていくはずのものでした。発電所はそうやって新陳代謝を続けてきたんです。
もう休んでもらうはずだった機械を再び働かせるというのも、老体にむち打つようで忍びないけれど、この夏の段階ではほかに打てる手がなかった。新1号機も計画を早め、2023年2月の運転開始を目指して急ピッチで整備を進めています」(野口氏)
我々はその現場を訪れたが、半世紀にわたって発電を続けた6機の発電設備は、本来であれば解体を待っていたはずだ。運転を再開させた5号機や6号機を休止させるときには、関係者が集まって“お別れ式”を開いたという。
左から佐賀賢太郎副所長、亀井宏映所長、管理ユニットの齊藤喜浩氏、植野亮一氏。
再稼働に向けて整備中の6号機の内部。ここから出るガスを燃やし、壁面の配管を通る水を加熱して蒸気タービンを回す。
旧ユニットの制御室。新しい発電所はコンピューターで制御するが、ここではスイッチなどを活用する。
「通常の点検や整備のために発電所を止めるときは、サビを防ぐために窒素を入れたり、軸受けのシャフトに油を注入したりと運転再開を見据えた止め方をします。
しかし、長期計画停止の場合は再開を予定していないため、そういったメンテナンスを行っていません。それを動かすわけですから大変です。
慎重に一から点検し、整備し、故障していた部品を取り寄せて、いろいろな現場から過去に姉崎火力で勤務していた人を集めて、皆で5号機の再稼働にこぎ着けました」(姉崎火力発電所・亀井宏映所長)
ガスを燃やした熱で蒸気を発生させる汽力発電方式の旧型に対し、同敷地内で運転準備中の新1号機は、ガスタービンを用いたコンバインドサイクル方式。
燃焼温度1650℃の高温高圧の燃焼ガスでタービンを回して発電し、さらにその排熱で蒸気を発生させて、再び蒸気タービンを回す。現時点で世界最高水準の発電効率を持つ発電設備だ。
2月に運転を開始する予定の新1号機。姉崎のリプレース計画では、2023年に合計3機が稼働を始める。
扉の奥にあるのが世界最新鋭のガスタービン。写真撮影は禁止だった。
「発電効率やCO2・排ガスなどの環境負荷、運用のしやすさを考えても、最新の発電設備を運転した方がいいんです。でも、今年は古い設備を動かさなければ電力供給の余力をつくれなかった。5号機や6号機が運転できて本当によかったと思います」(同・佐賀賢太郎副所長)
安定供給は、タダじゃない
姉崎だけを見ると、2023年には新旧の発電所のリプレースが完了する。
だが、これから日本の電力供給は安定するのだろうか。そもそも、なぜ電力ひっ迫が起こったのか。
前出の大場紀章氏は、「その質問に、万人が納得する答えはない」としたうえで、彼が考える問題点を語ってくれた。
「エネルギー供給の問題については、私も含めてさまざまな人が、それぞれのポジションから言いたいことを言う。いろいろな説明ができますが、その人がどこに立つのかによって、受け取り方が全然違うんですよね。
原発は危険だと考えている人に原発がないことが原因だと言っても説明にならないでしょうし、自然電力を普及させるべきだと考えている人に再エネの発電量が不安定なのが悪いと言っても納得できないでしょう。
脱炭素が原因だという意見もありますが、日本がカーボンニュートラルを宣言してからたかだか2年。それで電力供給が危うくなるほどの変化が起こると考えるなら、脱炭素政策を買いかぶりすぎです」(大場氏)
大場紀章:エネルギーアナリスト・合同会社ポスト石油戦略研究所代表。京都大学理学研究科博士後期課程中退後、技術系シンクタンクに入社。化石燃料や電力などのエネルギー供給や、先端技術の調査研究に従事。2014年に独立し、フリーランスのエネルギーアナリストを経て、2021年より現職。
それぞれが持つ世界観の違いによって、議論が噛み合わない。大場氏が考える電力の構造的な問題は、ここに起因する。
「ひとつだけ言えるとすれば、『安定供給はタダじゃない』ということ。市場原理で社会インフラを運用しようとすると、どうしてもコストを最小化する方へ進みますよね。
どんなエネルギーもタダではないけれど、安定的につくって供給することにもコストがかかります。その社会的なコストを誰がどう分担し、セーフティネットをつくり、最終的な供給責任を取るのか。
電力自由化とセットだったはずのその議論や制度設計を置き去りにしたまま、責任をたらい回しにし続けて10年間来てしまった。
私たちは今、“自由主義でどこまで電力を扱えるのか”を考えないといけないのだと思います」(大場氏)
制作:NewsPicks Brand Design
編集・執筆:宇野浩志
撮影:大橋友樹、森カズシゲ
デザイン:小谷玖実
※このコンテンツは、JERAのスポンサードによってNewsPicks Brand Designが制作し、NewsPicks上で2022年12月14日に公開した記事を転載しています。
https://newspicks.com/news/7843113
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