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ビジネスとアートの共創
第3回「イノベーション×創造力」(後半)

2023.7.27

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人間は生まれてきたときはみんなイノベーターです。面白いことを何とかやってみて、努力して失敗しても、学ぶ事の方が多いのだから次へ行けばいい、という感じで続けていると良いのが出てくる、それがたまたまイノベーターだということです。(米倉)

奥田:米倉先生はいろんなイノベーターの方を発見されて、育てられています。それは彼らのどういうところに目をつけておられるのでしょうか。

米倉:発見などということはないのですよ(笑)。それに僕はイノベーターを見出す目利きとかはありえないと思うのです。人間は生まれてきたときはみんなイノベーターなのだと思います。現代では、様々な教育課程で普通の箱の中に入れられてしまうのですが、そこにはまらない部分も必ず出てくる。それを伸ばしてやれば、みんながイノベーターになれると思います。一番大事なのは、「何がやりたいか」という想いです。e-Educationの三輪開人くんやその創業者の税所篤快くんはバングラデシュに行って、教育が普及しておらず、先生の数もとても足りていない状況を発見し、日本の予備校の映像教育を持ち込むことを考えました。先生が不足しているのを何とかしなければという、強い気持ちがあったのです。日本では受験教育のマス対策であった映像教育手法を先生が足りないバングラデシュで応用する、その発想が面白いと思いました。その想いの実現を手伝ったというだけです。そして、彼らが実に楽しそうでした。僕が若者に行動基準としていつも言うのは、「面白いか、面白くないか」なんだと。そして、次は「やるか、やらないか」なんだと。面白くないことをやって結果が出せないのが最低です。面白いと思うことをやってみて、努力して失敗しても、学ぶ事の方が多いのだから次へ行けばいい、という感じで続けていると良い結果が出てくる、それがたまたまイノベーターになったということです。サラブレッドを育てたのと随分は違いますよ。

奥田:人間は産まれた時はみんなイノベーターだという話。となると、人間みんなが持つイノベーション力を、どこで活かすかということだと思います。企業では、大胆な発想や、大きな技術開発をする人だけがイノベーターだと思う人がいるのですが、それ以外にも色々な分野の大小さまざまなイノベータ―がいないと、発想や技術をビジネスにすることはできません。例えば、火力発電でアンモニアを燃やしてCO2を削減しようと思いついて、その技術が開発されたとしても、それをビジネスにするには、法規制を変えたり、投資にお金をつけてもらう仕組みを考えることも必要です。わたしはそれも含めてイノベーションだと思うんです。イノベーションは大小様々なイノベーターの集まりであって、それらがワークしてイノベーションがビジネスになり、社会に定着していくのだと。ですから、大きいイノベーターも小さいイノベーターも価値に上下はなくて、そうしたマインドを持っている人はきちんと処遇して、きちんとした報酬を支払って、さらにチームで進んでいこうぜと言えるかどうか、これがポイントだと思います。

僕の座右の銘は「Only crazy people can change the world」。沢山いるプロフェッショナルをクレイジーな組み合わせをすると、大企業はまだまだいけると思うのです。(米倉)

米倉:日本に少し足りないと思うのは横軸を通すプロフェッショナルの存在ですね。組織や金のことは任せてよとか、福利厚生だったら俺の右に出るやついないとか、縦軸のプロはいます。この縦軸の経営資源を大量蓄積している大企業はこれを活かさない手はないと思います。特にベンチャーの受け皿が少ない日本では、大企業の経営人材を活かさなければ勝ち目がないと思います。お話を聞いていると、まさにJERAにはすごい経営資源が揃っている。小さな会社には勝ち目がないくらいに。でも小さい会社でも勝てるのです。僕の言葉で言う「本気のクレイジー・ピープル」がシャカリキになるからです。ここが怖いところで、すごい経営資源を持っていながら大企業はなぜ動けないのか、僕は社員が優秀だからだと思います。優秀だと与えられた課題をしっかり詰めて、顧客の声に耳を傾け、自分の守備範囲のことしかやらなくなります。僕の座右の銘は「Only crazy people can change the world」です。やっぱり今まで前例のないことをしたい、人の領域を侵犯してみたい、好きなことならいくらでも徹夜できる、そんなクレイジーがヤツがいなければ、どんなに優秀な縦型社員を集めてもダメなんですね。「大企業にはそんな人材はいない」と言われますが、それは違います、必ずいます。彼らを見つけ出し、2階に登らせてハシゴを外して下から火をつけるのが横串型の21世紀のマネジメントです。そう、クレイジーを活かせたら勝てるのです。

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奥田:ほぼそう思います。そのためcrazyな人を潰してしまうカルチャーももちろん、crazyな人を突っ走らせておしまいというのも失敗ですよね。でも、crazyだけではビジネスにならないと思います。そのため、小さいイノベーターたちも組織として周りに配置してイノベーションを実現させる仕組みを作ってあげないとcrazy peopleがビジネスとして成立するところまでいかないわけで、これがすごく弱いのだと思いますね。

米倉:今の大企業の中でできなくて、なぜシリコンバレーみたいなところでできているのかと言えば、プロたちがエコシステムを作っているからです。面白いアイデアがあると、寄ってたかってビジネスにしてしまう。元々Facebookは女子寮の女の子の名前を知りたくて、それを実現する仕組みが発想のベースでした。その未熟なアイデアに対して「面白いね」って、いきなり億単位の金額をポンと付けて、ビジネスモデルにしてしまうプロがいたところから、このソーシャル・ネットワーク・ビジネスはスタートしているのです。Crazyなアイデアにお金が付いて、それをビジネスにするために、プロの経営者や弁護士がエコシステムとしてサポートするようになっています。
しかし、考えてみてください、大企業だってこの種のエコシステムを内部に抱えています。したがって、社内のcrazyなアイデアを一挙にビジネスにしてしまおうという勇気とスピードが大事です。まあ、社内資金の数パーセントの時間と資金は未来投資だと思う考え方です。ただ、シリコンバレーが強いなと思うのは、このcrazyなアイデアを持ってくる奴らが、世界中から集まってくるところです。インドやイスラエル、もちろん日本からも。したがって、日本の大企業も採用者の中に異質な人間や異質なキャリアを持った人間を少なくとも30%くらいは入れないといけない。女性・LGBTはもちろん外国人、高齢者、障がい者などです。

心理的安全性が確保されていると、Crazyな人が安心してアイデアが出せる。それと口角を上げることが大事です。(米倉)

田中:隠れcrazyはたくさんいると思います。crazyな人たちが安心してcrazyを出せる環境も大切だと思います。

米倉:そうですね、とても大事です。Googleの調査では、心理的安全性が確保されている職場から良いアイデアが出て、良い成績を上げているという統計的に優位な結果が出ています。また、帝京大学ラグビー部を10回の日本一に導いた岩出監督から、Z世代から明らかに変わったので、それに対するマネジメントが不可欠だと聞きました。ラグビーはまだ根性論で統率できるのではと聞いたら、それは絶対にダメだと、そんなことしたらすぐ辞めると。上級生が下級生を奴隷のように使っている組織はダメで、1年生に対して上級生がサーバントのようにサーブするような仕組みが大切だと。スポーツの世界も大きく変わっていると聞いて、そういえば会社や学校もそうだなと思いました。若い人にガツンと言ったらすぐ辞めてしまう。彼らにはチョイスもチャンスもたくさんあるのです。

田中:欧米との違いは部署の中で敬語を使わないこともあると思います。敬語か敬語ではないかの壁はとても大きいと思います。敬語ではない人に対しては「こう思ったんだけど、どう?」と気楽にアイデアを言いやすいと思います。

米倉:潜在的(サブリミナル)にそうなっているのかもしれないですね。確かにいい企業は役職ではなく、さん付けで読んでいますね。本当に今重要視されてきているのは、心理的安全性だと言います。ここでは何を話してもいいし、何をしても大丈夫、君はチームの一員で絶対に見捨てない、安心して失敗できるところが勝つという信念ですね。もうひとつ、イタリアに負けているところかなと思ったのは、ウェルビーイング幸福学の研究結果から、自分がハッピーだと思っている人の方が生産性において1.3倍、クリエイティビティにおいて4倍という統計優位な結果が出ています。最近思ったのは、人間は口角が上がってないとダメですね。日本企業の人たちを見ると大体口角が下がっています。みんなで口角を上げて、楽しく安全に働く。一方で安心の上に安住させないで、crazyを見出してチャレンジさせて、失敗させるというような循環を意図的に創っていかなければならないですね。

私は、この人なら話を聞いてくれそうだ、という人のところにしか行きません。自分ができることはとにかく熱く説明します。一緒にやろうと思ってくれるのは感情で私を理解してくれる人だと思います。(田中)

奥田:田中さんにお伺いします。言葉を選ばずに言うと、crazyな先頭を走られていますが、ちゃんと仲間ができて、支える人ができて、ソプラノ歌手でありながらビジネスとしても成り立っています。どうやって人を惹きつけられているのでしょうか。

田中:私は、この人なら話を聞いてくれそうだ、という人のところにしか行きません。どんなに一生懸命話をしても理解してくれないだろうなと感じる人のところにはお話をもっていきません。例えばプロジェクトをはじめ、何かを織り込むのは慣れていないので、自分ができることはとにかく熱く説明します。従って、感情を織り込んでも言葉は専門的なことは言えないので、一緒にやろうと思ってくれるのは感情で私を理解してくれる人だと思います。

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イノベーターの人に共通するのはパッションだと思うのです。強いパッションを持っていれば、仲間も集まり、仕組みもできてくるのだと思います。(奥田)

奥田:いや面白い、そこだと思いますよ。結局パッションですよね。イノベーターの人に共通するのはパッションだと思うのです。強いパッションを持っていれば、仲間も集まり、仕組みもできてくるのだと思います。そういう観点では、企業の中で飛び交う経営会議の資料はつまらないかもしれません(笑)。パッションや想いはなかなか伝わってこないですから。IRRは何パーセントで、こんなリスクがありまして…と、投資家への説明資料のような内容が中心です。もちろん企業は最後にはそうした説明をしなければなりませんので、大切ではありますが、本当はそこから入るのではないと思うのです。まずは、これがやりたいという想いがあり、これを実現したらこんな面白いことになる、こんな良いことがある、それを語った後で、金融機関や投資家も説得する必要があるから、数字をひいてみるとこうなっていて、こちらもクリアできますと、というのが本来ではないかと。そうした想いを熱く語らせるような会社にしないと、会社の中の隠れイノベーターたちっていうのは、活躍できなくなるのだろうなと思います。

想いが無ければ新しいことはできないし、イノベーションは生まれません。経営会議にパッションが必要、私は良いなと思います。(米倉)

米倉:言ってもいいよという雰囲気は特に大事ですよ。そこからスタートしようと、奥田さんが言えばそうなりますよ。失敗してもいいよと言いながら、失敗したら厳罰を下すようなトップではチャレンジはありえないです。失敗しても、その後に何を学んだのか、今後どうするのかを議論できる組織はやはり違います。想いが無ければ新しいことはできないし、イノベーションは生まれません。経営会議にパッションが必要、僕はいい言葉だなと思います。

奥田:企業はどうしても経営パフォーマンスを良くするために、財務諸表を良くすることを考えます。しかし、財務諸表を良くすることも大切ですが、逆に言えば、財務諸表には自己資本の記載があって、その分はリスクを取れるとも読めるわけです。自己資本はそのためにあるわけで、これだけ自己資本があるなら、このぐらいのリスクはとっても良いという決断をすることも非常に重要で、それができないと経営ではないなと感じます。

米倉:そこですよ。日本企業を統計で見ると、1995年あたりから配当性向が高く、株価もそれなりに維持している、しかし社員の給料が上がってない。なぜこの数字が維持できているかというと、研究開発投資・IT投資はせずに配当と内部留保に充てている。しかし企業が本当にやらなければならないのは、新しい技術開発をして、業務プロセスを刷新する投資をし続けて、しかも高い給料を支払い、税金を納める。その結果高い配当が出せるという好循環です。最近は本末転倒がとても多くなっています。

奥田:企業の成績を評価して投資適格かを峻別する格付機関がアメリカ発のビジネスモデルとしてできました。こうした仕組みができてから、企業は投資不適格と判断された瞬間に資金繰りが厳しくなってしまうリスクがあるので、成績を良くすることを中心に考えるようになりました。企業の成績を良くすることと、良い企業であることは、実は全然違うことを意味します。企業の評価は財務状況だけじゃ測れません。これは、芸術の評価と同じぐらい難しいことです。財務諸表を音楽で例えれば、ただの楽譜に過ぎず、それをどう歌うか、どのように演奏するかで本当は価値が決まるのに、楽譜だけで全てを決める、そういう異文化に日本企業は屈してしまったように思います。

米倉:なるほど音楽と同じですね。しかし、アメリカでもやはり非財務情報が重要だと最近になって言いはじめています。アメリカ経営学は生きている企業の現状を対象としているので、本当にアイデアがいろいろ出てくるのですよね。非財務情報の開示、すなわち従業員の女性やマイノリティー比率、環境や社会に良いことをやっているかというESG情報の開示など、そうした数字上現れないことも全部ひっくるめて投資の判断にしていこうという方向性です。ところが、日本企業は外圧に弱くて従順だからかつてのROE経営を守りに守って、内部留保をため込んで社員や研究開発投資には回さずに配当することで株価を維持している企業が多い。しかし、将来投資をしていないから業績は伸びてこない。しかし、世界は非財務情報を含めたESG(環境・社会性・企業統治)重視の経営に移ってきているのです。僕はここでこそ、ROE経営に走らなかった日本企業から「いよいよ私たちが守ってきた人間重視の時代・長期志向の時代が戻って来た」とのたまわって欲しいところだと思うのです。

田中:より良い成績を目指してというのは、コンクールに通じるものがありますね。

奥田:総じてつまらなくなりますよね。みんな上手だけれど、面白くないという。

田中:そこで勝つためだけを目指しますからね。コンクールでいい点数を取る弾き方が、必ずしも聞いている方にとって良いかということもありますので。ビジネス世界もそうした点が同じなのが面白いですね。

米倉:えええ〜、音楽の世界でもそうなんですね。成績を取るためだけの演奏は総じてつまらなくなるのですか。音楽とビジネスはお互いに学び合う点が多いですね。

JERAゼロエミッション2050はイノベーションですよ。いいなと思ったのは、JERAはより多くの人を見ている点です。先進国の人間だけが脱炭素に取り組んでも解決できません。(米倉)

米倉:JERAの脱炭素がトランジショナルなスタンスで展開しているという話を聞いたときに、素晴らしいと思ったのは、JERAがより多くの人を見ている点です。先進国の人間だけが脱炭素に取り組んでも解決できません。アフリカの人たちに太陽光や風力だけで脱炭素しようと言ったら、日常の電気すら来ない世界になってしまいます。そのギャップを埋めていくソリューションを日本が提供するスタンスはとても良いと思います。ぜひ大きな声で言い続けてほしいです。「誰一人取り残さない」ことが前提ですから。

奥田:米倉先生が、JERAゼロエミッション2050をイノベーションだと言ってくださった時にはすごく嬉しかったです。

米倉:イノベーションですよ、面白いと思います。芸術家も面白いですね。先日、ショパンコンクールの様子をテレビでやっていました。出場者はいくつかのタイプのピアノを選べるのですね。どういうピアノならば自分のパフォーマンスを一番うまく表現できるのか、この曲にはどのピアノが一番合うのか、そういう戦いなのだと思いました。そこで生き残るには芸術家の世界もトータルなパフォーマンスを演出しなければならないのですね。詳しく存じませんが、反田恭平さんというピアニストの方もビジネスをやるなど、色々な人々が出てきて面白くなっているのだなと思いました。

クラシックの世界では戦略的な音楽家が増えています。個々の存在感や自分の色をいかに場を乱さずに出せるかという指揮者的なソリストが増えています。(田中)

田中:クラシック界では戦略的な音楽家が増えていて、私の下の世代には、本当に経営者みたいな方がたくさんいます。ヨーロッパで自らレーベルを立ち上げてプロモーションビデオも作り、イメージコントロールも自分で…という人が増えています。音楽家には、いかに楽譜通りに歌うか、場を乱さずにできるかという、日本的と言いますかチームワークが大事というイメージがあったのですが、個々の存在感や自分の色を、いかに場を乱さずに出せるか、でも全体なまとまりも見ることができるという、いわゆる指揮者的なソリストがすごく増えているように思います。

米倉:「指揮者的なソリスト」が増えているというのは、すごい言葉ですね。逆に言うと、ビジネスの方で戦略的な人が減って、むしろ、クリエイティブの方でどんどん戦略的な人が増えてきているのは面白い現象ですね。ビジネスの方も戦略的にクリエイティブなことをやってくれないと困りますね。

私はモーツァルトやベートーベンの作品は、近所のおじさんが書いた手紙を見ている気持ちで接するようにしています。それを自分で解釈してモーツァルトやベートーベンが聞こえたらいいですね。(田中)

米倉:田中さんは歌うにあたって体を鍛えるなど、気を付けていらっしゃるのでしょうか。

田中:痩せすぎるとダメなのです。体の外側に肉をつけすぎても良くないのですが、体は楽器と一緒なので、私のように声が高い人は細身の方が多いです。私は太りすぎると声に軽さが出なくなるので、ある程度絞らなければならないのですが、今度は痩せすぎるとヘロヘロになってしまうので、難しいところです。体と魂は繋がりがあると思っています。魂が元気な人は体つきも良いと思います。ビジネスマンの方々が歩いてるのを見るとゾンビみたいな人がいっぱいいるじゃないですか。魂が疲れてるんだなと思います。魂が疲れると脳が動かないでしょうから。

田中:私は先生の「イノベーターたちの日本史」を中学校、高校生の時代に読んでいたら、人生が変わっていたかもしれません。

米倉:「どうしたらそんなに面白く歴史を書けるのですか」とか聞かれますが、僕にとって歴史とはノンフィクションという仮面を被ったフィクションなんです。例えば、現代では誰も坂本龍馬を見たことはないですが、私たちの多くにはある種坂本龍馬像があります。これは司馬遼太郎さんの『龍馬がゆく』の影響だと思います。司馬さんは彼の伝えたいメッセージを坂本龍馬という殻を被せて伝えたのだと思います。同じように、僕の歴史書は僕の想いなのです(笑)。

田中:私は普段、モーツァルトやベートーベンといった方々の作品を見る時に気をつけていることが、「あの偉大な方の作品」というように考えないようにしています。近所のおじさんが書いたものを見ている気持ちで接するようにしています。米倉先生の本を読ませていただきましたが、とても身近に感じるように書いてありました。それでスッと入ってきたと感じました。学校で習うと「歴史上のあの人が」という距離を感じてしまって、身近に感じられない部分がとてもありました。

奥田:田中さんの芸術観とも繋がっているところもあるのでしょうね。田中さんの歌には脚色が少なく感じます。クラシックファンからすると、西洋の音楽家たちは「これぞベートーベン」、「これぞモーツァルト」といった歌い方をする人がほとんどです。田中さんの場合は何も考えなくても耳にスッと自然に入って来るという特殊な解釈をされています。それが多分今の話と繋がるのかなと思いました。

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田中:ヨーロッパに住んでいますが、嫌な人がいた場合「この人はゴリラだな」と思うようにしています。例えば横柄な感じに見えた場合、普段人間同士で接する際に気を付けなければならないことを教えてくれます。その人自身に悪気があるかどうかではなく、ゴリラだから特に悪気はない、と考えるようにしています。そういうことを考えると、人間も動物なので、もっとシンプルに生きても良いのではと思うときもあります。大人になればなるほど肩書きに包まれていくじゃないですか。しかし人間は70~80年生きたところで小さい頃とそれほど変わらないと思うのです。そう思うと、見方がとても変わる気がします。肩書きという鎧を剥がしてその人の本質自体を見る方が楽しいと思います。

米倉:ベートーベンを近所のおじさんだと思って演奏する、これってとてもすごいことですね。本当に面白い。そういえば、僕もダライ・ラマに会った時、「近所のたばこ屋のオジさん」だなと思いました(笑)。

奥田:そういうことを言わない音楽家の方が多いですよね。色々と調べて、どのような時代背景でこの曲が創られたのか、といった点をひたすら語る音楽家もいるわけですよね。でも作曲家が伝えたいことは全て楽譜に表現されているはずなので、あとはこの楽譜をシンプルに読めばいいのではないかと。そうすると自然に田中さんの音楽になるのでしょうね。歌う人と楽譜との掛け合わせで芸術はできてくるので、わざわざ作曲家の時代に戻って、この人がどのような気持ちでこれを書いたのかなど、蘊蓄を語らなくてもいいのかもしれません。

米倉:大谷翔平選手がWBC決勝戦の前に「憧れを捨てよう」と言いました。対戦相手のアメリカは、日本人選手からするとスター選手軍団。でも大谷選手は、彼らに憧れるのではなく、対戦相手だと思うように言いました。それと同じですね。鎧をかぶったモーツァルトや、ベートーベンではなく、近所のおじさんと思うのはとても楽しいですね。

田中:「あの人の作品」という感じではなく、楽譜をお手紙のような感覚で見ています。そうした意味でイノベーションという言葉も、鎧が重すぎて「イノベーションなんて私はできない」となりそうです。

米倉:そうか〜、田中さんにとってモーツァルトの譜面は彼からのお手紙なんですね。いや〜痺れますね。イノベーションが鎧を着ているというのは本当に良くないことで、僕も含めて我々の罪だと思っています。イノベーションは目的ではないと先ほども言いました。別に必要がなければ、イノベーションなどやる必要もないですし、イノベーティブな組織である必要もない。むしろ楽しく愉快な組織である方がよっぽどマシです。何がやりたいのか、例えば、みんなが愉快に働ける会社を作りたいとか、地球環境を守りながら経済活動も自由にやりたいとか、大事なのはそうした目的です。そのプロセスで色々な知恵が出てきて、田中さんが言うように「それがモーツァルトに聴こえたらいい」と同じで、後から「それってイノベーションだね」と言われるのが理想でしょうね。最初からイノベーションしようぜ、と言っている会社でイノベーションした会社はないと思います。僕の次なる仕事はイノベーションから鎧を剥ぎ取ることですね(笑)。

田中:まさにそれを音楽にやると、近所のおじさんが書いた曲や、近所のおじさんが書いた手紙を読んで、それを自分の中で解釈して出した音がモーツァルトに聞こえたらいいですよね。

「イマジネーション(想像力)」と「クリエイティビティ(創造力)」の両方を持っている人間が強い。(米倉)

米倉:田中さん、本当にいいこと言いますね。それが「モーツァルトに聞こえたらいい」なんて堪らないです。「想像力」と「創造力」、「イマジネーション」と「クリエイティビティ」の両方を持ってる人間が強いのですよね。今僕がやっているソーシャル・イノベーション・スクールという新しい学校では、この2つを持った人材を育てて、彼らにソーシャル・イノベーションすなわちイノベーションの力で社会課題を解決することを考えてほしいと思っています。そうすると、「日本が世界にあってよかった」と言われるのではないかと思っています。このままだと、何とも中途半端な国だったなと言われてしまいそうです。

田中:芸術とビジネスというコンビネーション。今この対談の状態は「エフェクト・メディチ」ですし、面白いことが生まれているのだろうと思いますが、想像力を鍛えるために何を教育としてやっていくべきかと今考えていました。想像力を小さい頃から鍛えることが、今後のクリエイティブなことに繋がるのか、今まであまり想像していませんでしたが、「イノベーターたちの日本史」を読んで、それほど重要なことなのかと認識しました。想像できなければ受け入れることもできませんし、新しいことも生み出されません。もしかすると命の次に大切なことかもしれないことなのに、なぜ今までそれほど重要されていなかったのかと感じました。

米倉:クリエイティビティが大事と言って、音楽や図工をやろうと言いますが、その前にイマジネーションが重要だと思います。現実にない世界や見たこともない未来を思い浮かべる力ですね。

奥田:イノベーターはみんなパッションを持っていると話しましたが、パッションはどこから生まれるかというと、色々なものを感じるところから生まれてくるのだと思います。そうした経験を積み重ねていかなければイノベーターになれないのだと。

米倉:心に残るものを見る、心を動かすものを聞くということ、そして無限の想像をするのはとても大切なのですね。

奥田:話は尽きませんね。本日はありがとうございました。

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(対談を終えて)

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「プロフェッショナルをたくさん入れてcrazyな組み合わせをすると大企業はまだまだいける。」この言葉は米倉先生からの強いメッセージであり、またエールでもあると感じました。そして「Crazyな人が安心してアイデアが出すためには、心理的安全性の確保が重要」という点が、まさに大企業が価値創造型企業に変貌できるかどうかの分かれ道なのだと思います。
対談の最後にお二人から「イマジネーション(想像力)」と「クリエイティビティ(創造力)」というワードが出てきました。この二つがおそらく社会を変貌させる「Crazy」の源泉なのですが、これをどう育んでいくのがいいのかを次回以降の対談で追求していきたいと思います。
ちなみに米倉先生から「JERAの脱炭素戦略のいいところは世界中の多くの人を見ている点」と言っていただいたことは、大変光栄です。先進国、途上国を問わず、世界中の全ての人々がクリーンなエネルギーを無理のない価格で十分に手に入れることができるようにするためには、どうすればよいか。この問いへの答えをひたすら探し続けた結果たどり着いたのがJERAゼロエミッション2050だからです。(奥田記)

米倉誠一郎

一橋大学名誉教授・法政大学大学院教授
米倉誠一郎

1953年生まれ。専門は経営史。一橋大学社会学部・経済学部卒、同大学大学院社会学研究科修士課程修了。ハーバード大学歴史学博士号取得(PhD.)。現在、一般社団法人Creative Response Social Innovation School学長、一橋ビジネスレビュー編集委員長も兼務。イノベーションを核とした企業の経営戦略と発展プロセス、組織の史的研究を専門とし、多くの経営者から熱い支持を受けている。著書に『イノベーターたちの日本史:近代日本の創造的対応』(東洋経済新報社)など。

田中彩子

ソプラノ歌手、Japan MEP / 代表理事
田中彩子

18歳で単身ウィーンに留学。 22歳のとき、スイスベルン州立歌劇場にて同劇場日本人初、且つ最年少でのソリストデビューを飾る。その後ウィーンをはじめロンドン、パリ、ブエノス・アイレス等世界で活躍の場を広げている。「コロラトゥーラソプラノとオーケストラの為の5つのサークルソング」でアルゼンチン最優秀初演賞を受賞。同アルバムは英国BBCクラシック専門音楽誌にて5つ星に評された。
UNESCOやオーストリア政府の後援によりウィーンで開催されている青少年演奏者支援を目的としたSCL国際青少年音楽祭や、アルゼンチン政府が支援し様々な人種や家庭環境で育った青少年に音楽を通して教育を施す目的で設立されたアルゼンチン国立青少年オーケストラとも共演するなど、社会貢献活動にも携わっている。
2020年 Newsweek誌 「世界が尊敬する日本人100」 に選出。2022年10月22日に行われた、日本のプロ野球チームの頂点を決める「SMBC日本シリーズ2022」の開幕セレモニーでは国歌斉唱を務めた。
京都府出身、ウィーン在住。