
電力の脱炭素化に今、何が起きているのか? JERA戦略責任者が語る「現在地と未来」
2026.4.16
米国のパリ協定再離脱、欧州での再エネ投資縮小、日本企業の洋上風力撤退。「脱・脱炭素」とも呼ぶべき潮流が広がっているように見える。しかしその裏側では、電力を「爆食」しながら進化するAI対応により、米国のビッグテックがSMR(Small Modular Reactor:小型モジュール炉)の開発に巨額の投資を進めている。さらに中国は、太陽光発電や陸上・洋上風力発電、バッテリー、そしてグリーン水素に至るまで、国家主導で生産体制を構築し、国際競争力を高めているという現実がある。
「脱・脱炭素」論の裏側で、実際に起きていることとは何か? JERAのChief Strategy Officerが、脱炭素の「本当の現在地」を読み解く。企業の「GX」(グリーントランスフォーメーション)を支援するJERA Crossが主催した「JERA Cross Day」で講演した。
※所属、役職は取材当時のものです
「脱炭素は終わったのか?」の問いに向き合う
脱炭素をめぐる世界の風景が後退しているように映る。トランプ大統領の復帰とともに米国は気候変動対策の国際的枠組み「パリ協定」からの再離脱を決定し、2026年1月に正式に離脱。欧州では経済競争力への懸念などから再エネ投資のペースが鈍化し、国内では三菱商事が国内洋上風力の一部案件からの撤退・方針見直しを表明。「脱炭素ブームの終焉」という言葉さえ聞こえてくる。だが、本当にそうなのか──。
日本の発電電力量の約3割を発電し、世界最大級のLNG(液化天然ガス)取扱規模を持つJERA。副社長執行役員Chief Strategy Officer(CSO)でJERA Crossの取締役も務める多和淳也氏は、この問いに対し、異なる観点からその背景を説明する。
2026年1月、JERAの100%子会社であり、企業のGX推進を支援するJERA Crossが初めて主催したクローズドカンファレンス「JERA Cross Day」。GXに取り組むパートナー企業の担当者を招き、先進事例の共有と企業間共創を目的に企画された。企業のGX戦略の策定から電力の脱炭素化まで一気通貫で支援するJERA Crossの知見をパートナー企業と共有し、次のアクションにつなげる場として、大いに盛り上がりをみせた。
JERA Cross Dayで多和氏は「電力の脱炭素化に今、何が起きているのか」と題して講演した。

インフレ、AI、そして安全保障。多和氏が、世界の脱炭素の現在地を3つの観点から読み解いた講演内容を中心に紹介する。
観点1:インフレと金利上昇が洋上風力を直撃する
最初の観点は、世界的なインフレと金利上昇である。
「日本ではこの約25年間、金利が低水準で推移してきたため、経営者にとって金利変動を強く意識する環境ではなかった可能性がある」。多和氏はそう指摘する。
しかし、足元では金融環境が大きく転換し、金利は上昇局面に入った。この変化が、資本集約型である洋上風力発電の事業を直撃している。例えば着床式洋上風力は、コストの約75%が設備投資で占められ、巨額の初期投資を20〜25年かけて売電収入で回収する投資モデルである。インフレによる建設費高騰と金利上昇の二重の打撃を受け、仮に金利が2%上昇し、建設コストが3割上がると、発電コストを示す指標であるLCOEが約50%上昇するとの試算もある。
一方で、太陽光発電や蓄電池は、中国を中心とした大量生産の効果によりコスト低下が続いている。
観点2:電力需要を根底から変える、AIの成長
二つ目の観点は、AIの台頭による電力消費の爆発的な増加である。
米国では今後の電力需要の伸びの半分がデータセンターによるとされる。大規模データセンター電力需要は、1施設あたり100MW(メガワット)超に達するケースもある。原子力発電所1基の約10%に相当する電力を、一つのデータセンターが24時間消費し続ける。サーバーが発する熱を冷却するだけで全電力の3割前後があてられる。Google、Microsoft、Amazonといったビッグテック各社は、今後さらに大規模なデータセンターの建設を計画している。
その結果、米国の複数の州で電力需給の逼迫が現実化している。米国最大の電力市場であるPJMでは、容量市場価格が大きく上昇、その主な要因の一つがデータセンター需要の急増にあると指摘されている。データセンターの集積地であるバージニア州では、新規データセンター建設の制限を含む法案が提出されるなど、立地の在り方を見直す動きも出始めた。
こうした電力需要の急増への対応策として、ビッグテックが注目するのがSMR(小型モジュール炉)である。日本の大型原子炉の10分の1から4分の1程度の出力規模の小型原子炉で、原子力潜水艦で培われた技術や運用知見とも共通点を持つ。需要地の近くに設置できる可能性があることから、データセンター向けの脱炭素電源として活用するプランがビックテック各社で進んでいる。
「SMRが拡大すれば結果としてクリーンエネルギーの導入につながっている」。脱炭素という看板は掲げなくとも、AIの進化という経済的動機が結果的にクリーン電源を拡大させていくだろう。それが米国のリアルだと多和氏は指摘した。
観点3:脱炭素化が進む中国。その裏にあるのはエネルギーの安全保障
三つ目の観点は、中国のエネルギー安全保障戦略である。中国は2024年から2035年にかけて太陽光発電の導入量を大幅に拡大する計画を掲げている。
「中国は日本を上回るLNG受入能力を持っている。大量のLNGを米国から調達するのか、それともロシアからパイプラインで輸入するのかという選択は、どちらも地政学リスクを伴う。そのため、自国で賄えるエネルギーを最大化する方向に舵を切っている」
加えて中国は、太陽光パネル、蓄電池に続く次のエネルギー戦略として水素にも注力している。世界最大級の規模で水素関連投資を進めているのは中国だと語る多和氏。エネルギー安全保障の観点から重点分野を順次切り替えながら、自国のエネルギー自給力を高めていく。その結果として脱炭素を加速させている構図は、SMRの導入が進む米国とも通底していると指摘した。

「見えているもの」と「起きていること」のギャップ
3つの観点を統合し、多和氏は現時点で起きている状況をこうとらえている。
「一見すると脱炭素ブームが終焉しているように見える。しかしファクトとして起きているのは、米国ではAI需要をまかなうSMR投資の拡大によりクリーン化が進み、中国では安全保障の名のもとに脱炭素電源が急増しているということだ。米・中は、確かに脱炭素を前に進めている」
そして国内に向けて警鐘を鳴らす。
「『もう脱炭素は終わった』というスタンスをとると、エネルギー安全保障的に非常に危ない」
「脱・脱炭素」論に流されず、ファクトベースで水面下のメガトレンドを正確に読み、行動していくこと。それが多和氏の主張の核心にある。

日本が持つべき「3つの視点」
では私たちはどうすべきか。「簡単な問題ではないが、それほど難しくもない。努力は必要だが」と前置きした上で、多和氏は3つの視点を提示した。
一つ目は「システム思考」である。エネルギーの議論は個別の電源の優劣に集中しがちだが、電力供給の現場では常にシステム全体で考えている。「電源ごとに役割が違う。特定のエネルギーに特化すれば解決するとは思っていない。どう組み合わせるかを考えることが重要だ」と多和氏は説く。
資源エネルギー庁の試算によれば、太陽光発電単体のコストは11.2円/kWhとされるが、バックアップ電源や送電線の増強費用を含む「統合コスト」を加味すると19.9円/kWhに上昇し約1.8倍となる。個別電源のコストだけ見ていては、電力システム全体の実像は見えてこないと強調した。
二つ目は、脱炭素化と電力の供給コストのバランスという観点である。脱炭素化の進め方によっては電力の供給コストにも影響を及ぼし得るため、費用対効果を踏まえた施策の選択と実行が重要となる。脱炭素を実現するための限界費用を並べた曲線を「Abatement Cost Curve(削減費用曲線)」といい、JERAは社内でこれを精緻に分析している。足元では、インフレや金利上昇の影響により、このカーブは従来より急峻になっている。他方、将来の脱炭素化に必要になる技術は実用化までに10〜15年と時間を要する。「将来必要になる技術に注力するタイミングを見誤ると、結果として電気料金に跳ね返る。しかし、将来に向けて準備を進めておくことも我々の使命だ」と多和氏は語った。
三つ目は、脱炭素の道筋は国や地域ごとに異なるという視点。経済情勢や再エネ導入のポテンシャル、送電網やパイプラインなどのインフラは国や地域ごとに全く異なり、脱炭素に向けた道筋も一国ごとに異なる。JERAはインドネシアの脱炭素に向けたロードマップ策定を受託するなど、この多様性に実務で向き合っている。「分析するとよくわかるが、脱炭素の方法は国や地域ごとに実に多様で、共通の解は存在しない」と多和氏は述べる。この示唆は企業の脱炭素戦略にも当てはまる。自社の事業構造や立地条件に応じた、独自の脱炭素移行シナリオを描くことが求められている。

実機の上で、構想を現実にしていくJERA
講演の最後に、多和氏はJERAの脱炭素への取り組みを紹介した。碧南火力発電所におけるアンモニアへの燃料転換、米国でのブルーアンモニア製造プロジェクトへの参画、英国 bp社との統合による世界最大級の洋上風力発電会社の保有と石狩・秋田・青森における洋上風力の取り組みだ。
多和氏が強調したのは、「JERAは商用のプラントを使って、脱炭素に本気で取り組んでいる」という点である。
クリーンエネルギーの研究開発に取り組む企業は少なくないが、実際の発電設備に適用することにこそ大きな難しさがあると言う。「エネルギーは扱う規模が大きく、スケールアップが容易ではない。もし適用に失敗すれば発電所が止まりかねない。それでも我々は実際のプロジェクトに投資し、具体的なアクションを開始している」
構想を語ることと、稼動中の発電所で実装することの間には大きな隔たりがある。そのギャップを越え、実際の電力供給のなかで脱炭素を前進させようとしている。そこにJERAの存在意義があると多和氏は語った。

JERA Cross Dayで語られた、私たちの「現在地」
JERA Cross Dayでは、日本企業の足元で何が必要とされているかについても熱い議論が交わされた。
「脱炭素を、コストから価値へ」JERA Cross・一倉 健悟氏

JERA Crossの一倉 健悟代表取締役社長は開会挨拶で、同社のミッション「脱炭素を、コストから価値へ」について触れた。GXの「G(グリーン化)」だけではなく「X(変革)」にコミットし、脱炭素をPLインパクトや企業価値の向上に転換することを目指すと語った。2024年6月の事業開始以降、ヤマトグループ、良品計画、東宝といった企業との協業による価値創出に挑んでおり、「国内No.1のGX企業」を目指す。
GXは「マスト」の社会制度へ JERA Cross社外取締役・加茂 正治氏

上場企業の経営経験が豊富なJERA Cross社外取締役の加茂 正治氏は、需要者の視点から、GXが「あった方がよいもの」から「なくてはならないもの」へ変わったと指摘。
2026年度以降、段階的に導入予定のGX-ETS(排出量取引制度)や、2028年には需要が供給を上回ると見込まれる非化石証書の需給逼迫の見通しを示し、「エネルギー市場の情報の非対称性が大きい中、JERA CrossはIT業界のSIerや建設業界のゼネコンに相当する『電力のインテグレーター』であるべきだ」と位置づけた。
JERA Cross Dayでは、パートナー企業の登壇も交えながら、JERA Crossが培ってきた知見に加え、クローズドカンファレンスならではの踏み込んだ情報が共有された。GX推進そのものの難しさや意思決定の複雑さが示されるとともに、それらを乗り越えるための具体的な考え方や取り組みの方向性が提示された。
未来を見据えた確かな構想が、行動につながる
多和氏が講演で繰り返し問いかけたのは、「見えていること」と「起きていること」の乖離である。
エネルギーの世界に一つの正解はない。国ごと、地域ごと、企業ごとに最適解は異なる。だからこそ、システム全体を見渡し、国や企業ごとにベストなロードマップを描く。その営みの先にしか、日本のエネルギーの未来はない。
JERA Cross Dayの各セッションに通底していたのは、構想だけでは世界は変わらないという認識だった。
脱炭素の潮流は終わってなどいない。見極め、動き出した企業こそが、次の時代をつくる。
