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分断の時代にこそ磨きたい知性と感性、本質的な「問い」とは。「社会的価値共創フォーラム」が生む新潮流

分断の時代にこそ磨きたい知性と感性、本質的な「問い」とは。「社会的価値共創フォーラム」が生む新潮流

2026.4.9

生成AIがもたらす地殻変動、国際秩序の揺らぎ、深まる社会の分断。ビジネスの力だけでは答えを見出せない時代に、業種を超えて企業が一つの「場」に集まりはじめた。2025年6月にJERAと三井住友銀行が設立した一般社団法人「社会的価値共創フォーラム」。産業界だけでなく学術や芸術の専門家が同じテーブルにつき、知性と感性を融合させて問いに向き合い、「東洋のダボス会議」を目指して社会課題に挑む試みだ。参画企業も徐々に増え、業界を超えてさまざまな企業が手を携え始めている。

1200年の歴史を持つ高野山では産・芸・学・官のプレーヤーと青少年が「自利利他とは何か」「人はなぜ戦争をするのか」といった深遠な問いに向き合った。「様々な分野の人間が社会問題の解決に向けて交わる場を作った意義は大きい」(読売新聞オンライン 2025年11月6日付記事より)などメディアも紹介。社会的価値共創フォーラム代表理事の吉田哲臣氏(JERA 理事)と、理事の髙市邦仁氏(三井住友銀行 社会的価値創造推進部長 ※肩書は取材時)に本活動の意義と展望を聞いた。

*髙市邦仁氏は4月1日付で執行役員 財務企画部長に就任

なぜ今、社会的価値共創フォーラムを設立したのか。設立の背景と思想

きっかけは、ある「化学反応」だった。

2024年8月、JERAと東京大学先端科学技術研究センター(先端研)が共催した第1回青少年高野山会議。高野山で合宿した参加者たちが「芸術とは何か」をテーマに議論を重ねた前後、音楽を学ぶ青少年たちが演奏を行った。すると、議論の前と後で、演奏がまるで別物になっていた。

「楽譜通りの技巧的な演奏から、聴かせる演奏へガラッと変わったのです」と、フォーラム代表理事の吉田哲臣氏は振り返る。「議論前は技巧的な演奏に集中していた学生が、芸術を語り合う場に居合わせたことで、自分たちの演奏の向こう側にいる『聴き手』の存在を意識した。楽譜通りの演奏を立派に仕上げることから、音楽で相手に『届ける』ことへ、目線が変わったのだと思います」

吉田氏はこのエピソードを、フォーラムが目指す価値創造の原型だと捉えている。楽譜をどう弾くか、どう仕上げるかということに集中していた青少年たちが、「芸術とは何か」を様々な人たちが真剣に語り合う場に身を置いたことで、演奏することの意味を問い直した。いろいろな考えを持った人たちと向き合いながら、演奏を「届ける」ことの意味に気づいたとき、演奏者が表現者へと変わった、そう吉田氏は語る。「この経験があってから、活動をもっと拡大していこうと決めたのです」。青少年の変容を目の当たりにしたことが、フォーラム設立の原点になった。

知性と感性の融合。従来の産学連携との違い

JERAと三井住友銀行(SMBC)は先端研の杉山正和所長と議論を重ねる中で、企業群や公的セクターと学問・芸術分野が共同で社会的価値創造に取り組む、新たな産芸学官連携の形が見えてきた。「目的を明確にし、共通のゴールを持った組織として法人を設立し社会に開いていくことで、多様な方々に参画いただける基盤になると考えました」と吉田氏。

一般的な産学連携プロジェクトとの最大の違いは何か。吉田氏は「感性」を強調する。「これまでの産学連携は、すでに認識されている社会課題を前提にして解決しようとするものが多かった。しかし私たちは、『問題を見つける』ところから始めようとしています。その際に『感性』が重要になる。芸術家に加わっていただくことで、『人はなぜ戦争をするのか』『分断はどこへ向かうのか』といった、答えのない大きな問いに理屈だけでなく感性も含めた人間力で立ち向かっていきたいのです。本当はみんな普段から問いを持っているけれど、なかなか表に出せていない。その問いにしっかりと向き合っていただく『場』を作りたい」。

もう一つの特徴は、次世代の参画。感性を重視し、青少年の育成を行う。「学校で学んだことだけで社会を見ると、視野はどうしても狭くなります。学校では学べないことを学び、違う見方を獲得できる場にしています」(吉田氏)。

1200年の記憶が宿る場で、センスを研ぎ澄まし、属性をそぎ落とす

2025年10月11日から13日にかけて高野山で開催された〈円融の集い場〉発足総会。テーマは「自利利他」。36名の青少年と産業界・学術界・芸術界から多様な参加者が高野山に集った。標高約900メートルの高野山は、1200年前に空海が唐やインドの思想を持ち帰り、日本の文化と融合させた場所であり、多様な価値を受け入れ溶け合わせる営みが土地の記憶に刻まれている。

先端研の杉山所長は、「高野山ではセンスが研ぎ澄まされ、属性がそぎ落とされる感覚がある」と語る。先端研は2021年から科学・芸術・哲学の異分野の専門家が集う「高野山会議」を主催しており、その基本精神とネットワークが本取り組みの学術的基盤となっている。

金剛峯寺の新別殿にシューベルトの弦楽五重奏が響く。感性を膨らませることからスタートする、これが〈円融の集い場〉の真骨頂。そして、先端研、高野山大学、企業からの参加者が青少年に交わり、領域と世代を超えた対話が膨らんでいく。

夜には宿坊・普賢院に場を移し、車座で座談が行われた。「純粋な『利他』は存在するのか」「人はなぜ戦争をするのか」。企業トップと青少年が膝を突き合わせ、深夜まで語り合った。「そこまで深い議論に入ることを想定していなかったのですが、話が尽きなかったのです」と吉田氏。「部屋に戻ってもまだ青少年たちの語り合いが続いていたと聞きました」。

「企業は結局、利益のために動いているのでは?」青少年からの問い

対話では、青少年から「企業は結局、利益のために動いているのではないか」という問いが投げかけられる場面もあった。「まさに純粋な疑問を、正面からぶつけられたのです」(吉田氏)。奥田社長が発電を担うエネルギー企業としての安定供給の矜持や脱炭素へのチャレンジを熱く語り、三井住友フィナンシャルグループ・髙島会長が金融機関としての使命を率直に話す──そうした経営者の姿もまた、青少年にとって新鮮だったに違いない。「企業側が完全な答えを持っているわけではない。けれどリーダーが言葉を尽くして真剣に向き合った。社会に価値を提供しようという企業の姿を示せた場面だったと思います」。

参加者は対話しながら、奥の院への参道を歩いた。肩書きや組織の論理から離れ、杉の巨木に囲まれた非日常に身を置くと、五感で「感じる」モードへと切り替わり、深遠な問いに真剣に向き合うことができる。

参道には、かつて刃を交えた武将たちの墓が隣り合い、業種も規模も異なる企業の碑が軒を連ねる。奥には、1200年前に入定した空海が今なお衆生を見守り続けているという伝承があり、多様な者たちが時を超えて引き寄せられる求心力を持つ。空海のもと、人も企業、敵も味方も分け隔てなく受け容れてきた1200年の歴史と、「円融」、つまり「あらゆるものが対立するのではなく溶け合い関係しあう」という世界観を参加者たちは体感した。

企業トップだけでなく、参画企業の社員も参加しており、「普段はこんな本質的な問いを投げかけられることはない」「このような議論はビジネスシーンでは絶対に聴くことができない」と語り合っていた。初参加の企業からは「こんなに良い体験ができるとは思っていなかった」という声もあった。

「自利利他」は、バランスではなく「ひとつながり」

本イベントのテーマは「自利利他」。吉田氏にとって「自利利他」は、利益と社会貢献のバランスとは映らない。「ソリューションを提供して問題を解決し、そこに価値が生まれる。相手に価値を届けることで、お互いにメリットが生まれる。バランスではなく、『ひとつながり』のものではないでしょうか」。

その考え方は、JERA自身の事業観にも変化をもたらしている。「かつて、電力会社はコストダウンして価格を抑えることが良いという発想もありました。しかし顧客の立場に立てば、値段を下げることだけがアフォーダビリティ(手頃さ)ではない。相手の商品や事業の価値を一緒に高めることで、結果的に電気代の負担感が下がる。それが自利利他の循環です」。自分だけが良ければよいのではなく、一時的にはコストをかけてでも相手や社会のためになることをやる。他を利することで、自利にもつながってゆく。その循環が回りはじめたとき、経済的価値と社会的価値は「ひとつながり」になる。それが吉田氏の言う「自利利他」の本質なのだろう。

中期経営計画で「社会的価値」を掲げたSMBC

SMBCは、なぜこのフォーラムに参画したのか。理事を務める髙市氏は、背景をこう語る。

「2023年にスタートした中期経営計画で、経済的価値とは別に『社会的価値』をもう一つの柱として立てました。きっかけの一つは、当時の三井住友フィナンシャルグループの社長だった太田純(故人)の言葉です。『高度経済成長の30年、バブル崩壊から失われた30年を経て、次の30年を幸せな成長の時代にしたい』と。そう語りはじめたことが出発点でした」

社会課題が深刻化・多様化する中で、銀行の顧客企業はすでに社会課題に正面から向き合い事業を展開している。銀行自身も寄り添っていかなければならない。また、企業の価値を測る物差しとして「社会的インパクト」が加わっていくという見立てもあった。二つの背景が、中期経営計画に社会的価値を柱として据える決断につながった。

一方、中期経営計画がスタートしてみると、その方針に賛成する社員は97%にのぼった一方、「具体的に何をすればいいかわからない」という声も約6割を占めた。共通の価値観をどう言語化し、行動につなげるか。その模索の中でフォーラムの構想に出合った。

「いろいろなジャンルの方々が集まり、本当に大事な価値とは何かを議論している場がある。まっすぐに答えが出るわけではないが、この議論に参加すること自体に意義がある。我々自身の社会的価値を掘り下げる手がかりになると考えました」

見出した意義、本業との接点

髙市氏がフォーラム設立を決めた背景には、もう一つの問題意識があった。「社会に向けて良いことをやろうとしても、どうしても独りよがりになる危険性がある。銀行だけでできることは限られていますし、自分たちが良かれと思ってやっていることが、他者から見ればそこまで大したことではないかもしれない。いろんなジャンルの方々の意見を吸収できる場がどうしても必要なのです」

髙市氏はこの活動を、従来の社会貢献とは次元の異なるものだと位置づける。「パートナーシップと教育、この二つは銀行の本業そのものに近いのです。社会課題を起点にビジネスを考えるなら、誰かと一緒にやるのが基本動作。ボランティアではなく、経営戦略の一部です」。

実際、2026年2月に東京・日本橋で開催された「産芸学官 円融の対話」に髙市氏自身が登壇した際にも、手応えを実感したという。プロサッカークラブ「ファジアーノ岡山」を観客ゼロから全試合完売、J1昇格に導いたオーナーで東京大学特任教授の木村正明氏や、三重の大型複合施設「VISON」を手がける杉田尚子氏、東洋哲学の第一人者である東京大学東洋文化研究所の中島隆博所長らと「個人とコミュニティはどうつながっていくのか」をテーマに議論を交わした。「自分たちが足を踏み入れたことのない深い領域に入り込んでしまった怖さがある。でもそれを考える場が欲しくて入ったんだなと改めて思いました」と髙市氏は振り返る。

フォーラムで議論を深め、社内にも広げていく。「フロントでお客様と向き合っている社員こそ、社会的価値創造の思考が必要だと思っています。元気な会社の経営者ほど、社会課題を自分ごととして考えておられる。その考えを深く理解しなければ、経営者との議論はできない。経済条件を詰めるだけでは足りないのです」。

住友の精神と、世代を超える対話

SMBCには、300年以上受け継がれてきた住友の事業精神がある。「自利利他公私一如」、すなわち住友自身を利するとともに、国家を利し、社会を利するという考え方だ。中期経営計画策定の議論でも「自利利他」のワードは何度も登場したという。「正々堂々とやることをよしとする社風と、自利利他の考え方は親和性が高い」と髙市氏。

とりわけ重視するのは、次世代との接点だ。「銀行は若い人たちが何を考えているか聞く機会が圧倒的に少ない」。若い世代は多くの情報に触れて育ち、社会課題への関心を自然に持っている。そういった空気の変化をまったく察知できないまま、気づいたら社会が変わっていた、ということにならないために、世代を超えた対話の場が必要だと髙市氏は考える。「例えば多様化と言うけれど、そこに何かフィロソフィーがなければ、組織やプロジェクトはうまくいかない。こういう場があると、それが何なのかを考える手がかりになるのです」。

高野山での髙島会長の発言も参加者の印象に残った。学生から「短期的に成果が出ないミッションにもSMBCとして取り組むのか」と問われ、「取り組む」と率直に答えた。「あれは会長個人の回答ではなく、中期経営計画を作るときに経営として議論し尽くした結論でした」。

そして「行き着くところは、社会課題の観点で経営をするということだと思うのです。ベンチャー企業はすでにやっていることです。大企業がそこに向かえるかどうかが問われています」。

広がる参画企業。業界を超えた「うねり」の兆し

参画企業は着実に増えてきた。エネルギーや金融にとどまらず、製造業なども加わり、業種は多岐に広がりをみせている。関心を持った方向けに個人会員の募集も始めた。髙市氏は「異業種の方々がどんどん参画してくださることは、銀行としてもありがたい。いろんなジャンルの方と議論でき、ビジネスの可能性も生まれる」と語る。

JERA社内でも自発的に参加する社員が増え、登壇者のテーマから関心の領域を広げる姿が見られるようになった。先端研側も「新しい形の産芸学官連携」として捉え、未来に向けて継続していける枠組みに期待を寄せている。

アカデミアと芸術家、ビジネスパーソンと次世代を支える若者。普段は交わることのない知性と感性がひとつの場に集まり、交じり合う場。経済学者シュンペーターが唱えたイノベーションの本質は、既存の要素の「新結合」にある。異質なものが出会い、混じり合う場から生まれるものがある。

吉田氏は、企業がフォーラムに参画する価値をこう整理する。「一つは、社員が手元の業務だけでなく、社会全体の課題を見渡しながら仕事ができるきっかけを得られること。もう一つは、多様な見方が溶け合い、新しいものが生まれるという体験です。この体験こそがイノベーションには必要なのです。社会貢献だけではなく、企業のサステナビリティそのものを高めることにつながると考えています」。

アジアから世界へ発信する「円融」の価値

フォーラムで吉田氏が見据えるのは、グローバルへの展開だ。「足元の経済的な利益だけでなく、長期的な視点で社会全体への価値を考える。対話によって価値を創造するという東洋的なやり方を、世界に広げていきたい」。

世界で同質的なビジネス理論が席巻し、ビジネスパーソンが同じ方向を向きがちであることに警鐘を鳴らす。「経営学、経済学だけでなく、文化人類学やゲノム科学、哲学など多様な知見を持った人がいて、一つの企業の中に多様な視点がある。そういう状態を作ることが新しいものを生む。そんなムーブメントをアジアから発信していきたい」

吉田氏はこう続ける。「経済を軸にするダボス会議に対し、私たちは知性と感性の融合を軸に据えていく。対立ではなく対話で、分断が進む世界に一つの処方箋を示したい」。多様なプレーヤーが手を携え始めたこのうねり自体が、いまの時代が私たちに突きつけている課題の複雑さも物語っているのかもしれない。

髙市氏も呼応する。「まずは参加者の輪を広げ、この活動の価値を多くの方に体感してもらいたい。関心のある方はまず一度体験してみてください。きっと自分の活動や事業にもつながるヒントが見つかるはずです。日本を代表するような多面的な議論の場に育てていきたいですね」

「楽譜を弾く」から、「思いを届ける」へ。「コストを下げる」から、「相手の価値をともに高める」へ。「目の前の問題を解く」から、「問いそのものを見つける」へ──。「円融」のもとに集う人々が織りなす対話は、日本の産業界に静かな、しかし確かな変化の兆しをもたらそうとしている。

一般社団法人 社会的価値共創フォーラムのホームページはこちら→ https://svccf.org/