24/7カーボンフリー電力とは? 「JERA×東宝」の先端事例から読み解く世界的新潮流
2025.8.22
脱炭素化が企業経営の必須課題となる中、電力調達の分野で新たな潮流が生まれている。それが「24/7カーボンフリー電力」だ。従来の年間ベースでの再生可能エネルギー調達から、より精緻かつ本質的なカーボンフリー電力供給へ──。
海外企業から始まったこの潮流は技術的な進歩にとどまらず、企業の持続可能性への考え方そのものを変革しようとしている。
24/7カーボンフリー電力の導入にあたり、国内において先駆的な取り組みを推進しているのがJERAである。2024年11月、JERAおよび子会社のJERA Crossは東宝との協業により、発電時にCO2を排出しない、水素専焼のゼロエミッション火力による電力の日本初*1の商用利用を開始した。異業種の組み合わせから生まれ、新たなビジネス創出にもつながりつつある取り組みは、日本の脱炭素化やGX(グリーン・トランスフォーメーション)をリードする新しいモデルとして注目を集めている。
本記事では、24/7カーボンフリー電力が生まれた背景から基本概念、JERA×東宝の先進事例まで、この世界的な潮流とその重要性について詳説する。
*1 JERA調べ
24/7カーボンフリー電力とは? 従来の再エネ調達との違い
「24/7カーボンフリー電力」とは、文字通り24時間365日、すべての時間帯においてCO₂を排出しない電力を意味する。太陽光、風力、水素など、発電時にCO2を排出しない様々な電源の特性を踏まえ、時間帯ごとの電力需要に応じて柔軟に供給を組み合わせることで、常にカーボンフリーな電力の提供を可能にする仕組みである。
株式会社JERA (以下、JERA)の子会社であり、企業のGXワンストップ パートナーとして脱炭素ソリューションを提供している株式会社JERA Cross(以下、JERA Cross)の一倉健悟代表取締役社長CEOはこう説明する。
「従来は、企業の年間の電力使用量と再エネ調達量が同じであれば『私たちは再エネ100%である』と言えるという考え方でした。一方で、実際に電力を使っている時間に、常にカーボンフリーの電力を調達して使うべきであるという本質的な脱炭素のあり方を追求する動きが出てきました」
従来の再生可能エネルギー調達は、年間ベースでの「量的マッチング」に基づいていた。年間を通じて使用した電力量と同等の再エネ証書(RECs:Renewable Energy Certificates)を購入していれば、「100%再エネ」と称することができるというものだ。
しかし、この方式では時間帯や季節によって再生可能エネルギーの供給が需要に追いつかない場合、ギャップが生じることも許容できてしまう。例えば、太陽光発電量が豊富な昼間はクリーンな電力を使用できるが、夜間や曇りの時、需要が再エネ供給に追いつかない場合には化石燃料由来の電力を使わざるを得ない。
証書の売買は行われているが、実際のCO₂排出削減効果は限定的であり、見せかけの環境配慮ではないか──。証書の購入を前提とした企業の「100%再エネ」表示に対して、欧米を中心に「グリーンウォッシュである」といった批判が広がり、企業にはより詳細な電力調達データの開示や「リアルタイムでカーボンフリーである」取り組みへのシフトを迫られるようになった。
24/7カーボンフリー電力は、このギャップを解消し、すべての時間帯において、実際に使用する電力が常にカーボンフリーであることを保証する新しい形の電力調達である。
Googleが先導、国際イニシアティブ「24/7 Carbon Free Energy Compact」創設
24/7カーボンフリー電力の概念を最初に提唱し、世界に広げたのは、米Googleだ。Googleは2018年ごろから24/7カーボンフリー電力の重要性について白書などで発信を始め、従来の年間ベースでの再エネ調達から時間単位でのリアルタイムマッチングへの転換を提唱した。
Googleは2030年までに、世界中の自社データセンターとオフィスにおける24/7カーボンフリー電力の供給を目標として掲げる。すでに、昼間は太陽光発電、夕方以降は風力発電といったように、時間帯に応じて異なる再エネ電源を組み合わせ、データセンターなどでの24時間365日のカーボンフリー電力供給を実現し始めている。
さらにMicrosoftなど他のビッグテック企業も追随し、24/7カーボンフリー電力は世界的な潮流となった。
2021年9月、従来の年間ベースでの再エネ調達では不十分であるという認識のもと、より実効性のある脱炭素化を推進するために、国際イニシアティブ「24/7 Carbon Free Energy Compact」(24/7 CFE Compact)が国連主導で創設された。
24/7 CFE Compactには、世界各国から170社以上の企業が参加。日本からはJERA、三菱電機、大阪ガス、エネチェンジなど約10社が参加している。(2025年7月時点)
JERAグループの技術的優位性──国内における先駆的地位
日本国内において、24/7カーボンフリー電力の提供で先駆的地位を築いているのがJERAグループである。その優位性は大きく3つのポイントで語ることができる。
ここからはJERAの事例を通じて、具体的な24/7カーボンフリー電力の国内における先進的な取り組みを紹介したい。
「ゴジラ」を脱炭素の電力で制作する未来へ──東宝との協業、構想から実現まで
JERA×東宝の協業は2021年、JERAの可児 行夫会長と東宝株式会社の松岡 宏泰取締役社長のトップ対話から始まった。「エンターテインメントを通じて感動をお届けしながら脱炭素化を進めたい」(東宝・松岡社長)。可児会長との会話の中で、「ゴジラ」をいつか脱炭素の電力で制作したい という構想も生まれ、エネルギーとエンタメの異業種タッグが実現した。
その後、東宝は2022年に発表した経営戦略「東宝ビジョン2032」で、2050年のカーボンニュートラルを掲げたが、具体的な実現方法については模索が続いていた。
2023年秋頃、JERAは東宝社内でワークショップを企画。「なぜ脱炭素化を実現したいのか」を根本から議論する機会を設けた。参加した東宝社員たちは改めて意義を言語化し、ワークショップの成果として、「東宝グリーンビジョンブック2023」を作成した。
社員たちが考える2030年のグリーンな映画業界のあるべき姿や、エンターテインメントを通じた持続可能な社会貢献の道筋が描かれている。
また、JERAの提案によりワークショップ参加者の声を取り入れた動画を制作、東宝の役員会で共有された。松岡社長や役員陣に大きなインパクトを与えた。
これにより、現場でも徐々に取り組みの意義が浸透し、社員一人ひとりが、自分たちの日常業務や企業の存在意義と直結する重要な取り組みであることを認識する機会となった。
東宝グループには多岐にわたる事業があるが、今回の協業の焦点は年間300本のコンテンツを制作する国内最大規模の撮影スタジオ「東宝スタジオの脱炭素化」に絞られた。
日本初の商用水素発電の実現
2024年11月29日、JERAは袖ケ浦火力発電所(千葉県袖ヶ浦市)構内に設置した水素専焼火力発電設備から、東宝スタジオへの電力供給を開始した。水素専焼によるゼロエミッション火力で発電した電力の商用利用は、国内で初めての事例となる。
TM & © TOHO CO., LTD.
このプロジェクトの実現には、前例のない取り組みだけに数多くの課題があったという。発電所構内への新たな設備の購入と設置、各種許認可手続き、安全基準の確保など、手探りながらもこれらを一つずつクリアしていった。
将来的には、燃料を再エネ由来のグリーン水素へと段階的に転換していく計画がある。2030年までには、真の意味での24/7カーボンフリー電力を実現する予定だ。
24/7カーボンフリー電力は世界的に必然的な潮流である一方で、経済的な実現可能性も重要な要素である。
従来の化石燃料による電力調達では、燃料価格の変動により電気料金が不安定になりがちだが、24/7カーボンフリー電力は、再エネや水素といった比較的価格が安定した電源を活用するため、一定の価格での安定供給が可能となる。特に、大量の電力を継続的に使用する事業者にとって、価格の変動が抑えられる点は重要であり、一定のメリットがある。
日本初・ゼロエミッション動画を制作
今回の協業のプロジェクトでは、24/7カーボンフリー電力を使用した日本初の「ゼロエミッション動画」の制作が行われた。
24/7カーボンフリー電力で制作されたゼロエミッション動画「NIKKEI GX TALK」。第一回では、JERAの可児会長と東宝の松岡社長が、脱炭素と変革への想いを語り合う
エネルギーのトリレンマ解決への貢献。24/7カーボンフリー電力の社会的意義
再生可能エネルギーとゼロエミッション火力の組み合わせは、「エネルギーの安定供給(Stability)」「手ごろな価格を実現できる経済性(Affordability)」「脱炭素社会への移行(Sustainability)」という、同時達成が困難な「トリレンマ」の解決に向けた有効なアプローチの一つ。
再生可能エネルギーは環境適合性に優れる一方、天候に左右される不安定性や高コストという課題があった。再生可能エネルギーとゼロエミッション火力を組み合わせることで、環境性を保ちながら安定供給と経済性を両立させていく。
「GX」により、新たなビジネス機会の創出にも寄与
注目すべきは、JERAグループが電力供給事業者を超えて、顧客企業の変革そのものを支援していることである。社内での機運醸成の取り組みは、24/7カーボンフリー電力の導入が技術的な変更にとどまらず、企業文化の変革を伴うことを示している。
また、この取り組みは、東宝にとって新たなビジネス機会の創出にもつながっている。
JERA 営業統括部 ソリューション営業部長の福田 將吾氏は、「『東宝スタジオならカーボンフリー電力で動画コンテンツを撮影することができる』という新たなソリューションが、環境配慮を重視する企業からすでに注目を集めています」と語る。
JERA Crossが目指す「GX」が、24/7カーボンフリー電力へのチャレンジを通じて、歴史あるエンタメ業界でも始まっているのだ。
福田氏は今後の展開について、「各業界の特性に応じた24/7カーボンフリー電力の展開により、今回の東宝様のような、既存ビジネスから新しい価値を生み出す『GX』を期待している業界や企業は少なくありません」と語る。重要なのは、電力供給の変更にとどまらず、顧客企業の新たな価値創造につながるアプローチだ。
今後の課題と日本の位置づけ、採るべき戦略
24/7カーボンフリー電力の普及には、蓄電池や水素発電、デジタル技術やAIの活用など、さらなる技術的発展が必要である。欧米のテック企業や専門事業者が市場をリードし、電力供給にとどまらず、精密なトラッキングシステムやレポーティング機能を含む包括的なソリューションを提供し始めている。
制度・政策面での整備も重要だ。国内でも現在、経済産業省でワーキンググループが立ち上がり、GHGプロトコルの改定に対応した国内制度の検討が進む。また、非化石証書制度の見直しや、時間単位でのトラッキングを可能とする制度設計など、24/7カーボンフリー電力の普及を支える基盤整備が求められている。
2025年7月現在、国内で24/7カーボンフリー電力に取り組む企業は限られているが、JERAグループは先駆的な取り組みにより、国際的な競争力向上を目指す。水素技術や蓄電池技術など、日本が強みを持つ分野を活用した差別化戦略と、国際標準に準拠したサービス提供が重要である。
小さな一歩から、ともに、着実に山を登っていこう
脱炭素化を担う企業の担当者へ、JERA Cross 一倉氏はこのように語る。
「24/7カーボンフリー電力やGXはハードルが高いと思われるかもしれません。脱炭素は遠い山の頂上にあって、道中、どう歩いたらいいかわからない。ただ、最初から大きなことや難しいことを考えるのではなく、まずは小さな一歩でも前に踏み出すと、その先が見えて、次の計画も立てていくことができます。私たちはその中で少し先に向かって明かりを灯し、新しい選択肢を作っていきます。一歩ずつ、一緒に進んでいきましょう」
JERAと東宝の協業による挑戦に迫る「日経ブランドドキュメント」