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JERAと東宝 異業種コラボがめざす「CO2ゼロエミッション映画」

2023.6.23

日本の映画産業をリードしてきた東宝が、クリーン電力の拡大に取り組むJERAとの協働を打ち出した。
映画と電力、エンタテインメントとエネルギー ――。 一見、つながりの見えにくい2つの分野の大手が協力して目指すのは、映画制作における電力のCO2ゼロエミッション化だ。
この異業種コラボレーションによって何が、どう変わるのか。東宝とJERAに取材すると、産業のカーボンフリー化という地球規模の課題へのソリューションまでが見えてきた。

スタジオから映画館まで――映画の生命線は電力

東宝とJERAは2023年6月16日、東宝の映画制作拠点である東宝スタジオでの消費電力についてCO2ゼロエミッションを目指す取り組みに向け、基本契約を結んだと発表した。
東宝スタジオは東京都世田谷区砧にある国内最大規模の撮影スタジオ。東宝の前身のひとつであるPCL(日本写真化学研究所)によって1932年に設立され、「ゴジラ」シリーズや黒澤明監督作品など、日本映画を代表する数多くの名作が、ここから生み出されてきた。
現在でも映画のみならずテレビ番組やCMの撮影、アニメーションの録音など、年間約300本ものコンテンツ制作が行われている。東宝にとっては発祥の地のひとつであり、また、重要な制作拠点であるのが、東宝スタジオだ。

JERAと東宝 異業種コラボがめざす「CO2ゼロエミッション映画」 イメージ
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JERAと東宝 異業種コラボがめざす「CO2ゼロエミッション映画」 イメージ
JERAと東宝 異業種コラボがめざす「CO2ゼロエミッション映画」 イメージ

この大スタジオには、広くは知られていないが、それがないと撮影など一切の業務がストップしてしまう“生命線”がある。東宝スタジオを運営する東宝のグループ企業・TOHOスタジオの島田充・代表取締役社長が次のように明かす。
「映画や映像の制作に、電力は欠かせません。撮影するカメラも、俳優や美術セットを照らす照明も、編集や音付けをするデジタル機材も、完成した作品を映写するプロジェクターも、すべて電力で稼働しています」
電力こそ映画制作・コンテンツ制作の生命線であり、東宝スタジオで使用される電力は、小規模商業施設と同水準にも達するという。
だが、この電力をめぐっては今、地球規模で変革が起きつつある。脱炭素化という大きな流れのなかで、企業は電力の調達手段について強く再考を求められている。もちろん、東宝も例外ではない。
「他の産業と同様、映画産業においても、電力は基盤として不可欠なものであると同時に、その確保にあたっては地球環境に充分に配慮をしないと、産業として持続的な成長は見込めないと考えています」(島田社長)

JERAと東宝 異業種コラボがめざす「CO2ゼロエミッション映画」 イメージ

TOHOスタジオ株式会社 代表取締役社長 島田充

エンタテインメント産業も脱炭素からは逃れられない

こうした問題意識のもと、コロナ禍が深刻化した2020年ごろから東宝は、新たな映画づくりのあり方、エンタテインメント産業におけるクリーンな電力の調達を模索していた。その東宝と手を結んだのが、火力発電の国内最大手であるJERAだ。同社の森﨑宏一・ソリューション営業統括部長は語る。
「東宝さんの松岡(宏泰代表取締役)社長と当社Global CEOの可児(行夫代表取締役会長 Global CEO)が、企業の脱炭素への取り組みについて語り合ううちに、両社が手を携えれば新しい取り組みを生み出せるのではないかという話になったのがきっかけでした。産業と環境をめぐるグローバルな変化をよく知っているトップ同士だからこそ、生み出せた組み合わせでしょう」
コスト面については、TOHOスタジオの島田社長が「経済面で実現可能であることが最も重要なポイントだとJERAさんに伝えました」と述べており、課題はクリアされた。一方、幅広い東宝の事業のどの領域から電力の脱炭素化に乗り出すかについては、映画の制作こそが最適だと両社の見方が一致した。
東宝は映画事業や不動産事業を展開しており、さらに映画事業もスタジオでの制作から映画館での上映までサプライチェーンが長い。その中で新たな電力の供給先としては、全国に拡がるテナントビルや映画館より、電力調達切り替えの意義が目に見えやすく、使用する電力量も適切なのは、制作機能が集中しているスタジオだった。

JERAと東宝 異業種コラボがめざす「CO2ゼロエミッション映画」 イメージ
JERAと東宝 異業種コラボがめざす「CO2ゼロエミッション映画」 イメージ
JERAと東宝 異業種コラボがめざす「CO2ゼロエミッション映画」 イメージ
JERAと東宝 異業種コラボがめざす「CO2ゼロエミッション映画」 イメージ

2021年12月、両社は映画制作のゼロエミッション化に向けた覚書を締結し、カーボンフリー電力の供給・調達の具体的な道筋を固める協議に入った。電力の脱炭素化で進むべき目標の明確化や、目標の達成を可能にするソリューションの選定、電力の脱炭素化に向けたロードマップや実行計画の策定など、各プロセスにおいてJERAが東宝をサポート。両社は、対象を東宝スタジオに絞り、その電力使用の量やパターン、コストなどを調査したうえで、「24/7 カーボンフリー電力」の段階的導入を決めた。
こうした取り組みの大枠が固まり、両社が東宝スタジオでのCO2ゼロエミッション達成を目指す基本契約を結ぶに至ったのが、冒頭で紹介した23年6月。映画制作のゼロエミッション化についての覚書を締結してから1年半後のことだった。

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株式会社JERA ソリューション営業統括部長 森﨑宏一

「24/7 カーボンフリー電力」は進化する

「24/7 カーボンフリー電力」は、1日24時間・毎週7日、つまり年間365日、常にCO2を排出しない電力を供給するサービス。水素だけを燃やす(水素専焼)ゼロエミッション火力発電や太陽光などによる再生可能エネルギー発電を電力の供給元とし、さらに電力需要やCO2排出量のリアルタイムでの可視化と将来のシミュレーションなどを可能にする高度なマネジメントシステムが組み合わされる。
「『24/7 カーボンフリー電力』を東宝スタジオさんにどのように提供するかについてはいくつか選択肢があり、東宝さんともずいぶん相談させていただきました。建物の屋根などにパネルを設置して太陽光発電を中心に据えるプランも検討しましたが、最終的に落ち着いたのは、水素だけを燃やす火力発電ユニットを東宝スタジオさん専用に当社が設置し、そこから供給される電力を主力に太陽光発電からの電力と組み合わせるプランでした」(JERA・森﨑統括部長)
JERAによる東宝スタジオへの「24/7 カーボンフリー電力」の供給がスタートするのは24年度。そこから先のロードマップについては両社が引き続き協議して固めていくのだが、今後「24/7 カーボンフリー電力」を導入する企業・事業所にとって一般的なモデルとなるロードマップ像は次の図のようなものだ。

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システムを導入したらそれで終わりというわけではなく、そこからさらに脱炭素化への取り組みが進化していくのがわかるだろう。例えば、再生可能エネルギーの領域では、事業所内での太陽光発電(オンサイトPV)の導入・強化や風力発電の併用、蓄電池の導入といった拡大と深化のメニューが用意されている。
それは、水素専焼火力発電で燃料とする水素についても同様だ。当初は化石燃料由来の水素である「グレー水素」が中軸となるが、これが数年間で、製造時に発生するCO2が100%回収される「ブルー水素」も視野に入れつつ、再生可能エネルギーを利用して製造させる「グリーン水素」へ置き換えられることで、真のゼロエミッションが達成される。

産業界へのゼロエミッション電力の導入は日本初

さて、「脱炭素」「クリーン電力」「カーボンフリー」「ブルー水素」「グリーン水素」など、さまざまな用語が登場してきたが、今回の東宝とJERAの協業の持つ意味を理解する際、もっとも大きな鍵となるのは「ゼロエミッション」だ。
現在、日本を含む世界中の企業や公的機関が脱炭素を旗印に掲げているが、それぞれが目指す目標は、実は大きく2つに分かれている。ひとつは「カーボンニュートラル」であり、もうひとつは「ゼロエミッション」である。
このうち、カーボンニュートラルは、事業活動において削減しきれないCO2については、再エネ証書などによって相殺し、全体としてCO2排出量を±ゼロとするもの(地球環境全体への影響を見ると、CO2排出量の総量は減っていない状態)。一方、事業によるCO2排出量そのものをなくすのがゼロエミッションで、これを達成する企業などが増えれば、環境全体へのCO2排出総量は減っていく。
この違いを、発電という事業を担うエネルギー企業に当てはめたのが次の図になる。

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東宝とJERAが「24/7 カーボンフリー電力」の導入で目指すのは、ゼロエミッションの実現。そもそもJERAは火力発電事業において2050年までのゼロエミッションの達成をミッションに掲げており、「24/7 カーボンフリー電力」の提供も、このミッションの完了に向けての取り組みの一環だ。

電力調達の脱炭素実現は「現実的な挑戦」

しかも、この一歩はJERAにとって、小さな一歩ではない。JERAの森﨑統括部長が語る。
「CO2を出さない火力発電と再生可能エネルギー発電によってゼロエミッションを実現することを目指しているわれわれにとって、東宝さんとの協業は非常に大きな一歩。産業界でCO2ゼロエミッション電力が導入されるのは東宝スタジオさんのケースが日本で最初なんです」
同じことが東宝についても言える。それはTOHOスタジオ・島田社長の次のような言葉からも明らかだ。
「ゼロエミッションの実現は決して簡単ではありませんが、JERAさんとの議論の過程において、現実的な挑戦であるとの認識が徐々に深まりました。特に水素火力発電の燃料が今後、ブルー、グリーンへと切り替わっていくことで、カーボンフリー社会への貢献度が高まっていく点も非常に魅力的です。私たちは最初から『日本初』を目指してきたわけではありませんが、今回のケースが、東宝と同じような取り組みをされる企業にとって参考となれば幸いです」
スタジオも映画館も電力がなくなれば真っ暗の箱 ―― 電力あってこその映画産業から始まる「24/7 カーボンフリー電力」の導入は、日本の産業全体におけるCO2ゼロエミッション達成という偉大な物語の幕開けとなる。

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島田充(しまだ みつる)

島田充(しまだ みつる)

TOHOスタジオ株式会社 代表取締役社長

森﨑宏一(もりさき こういち)

森﨑宏一(もりさき こういち)

株式会社JERA ソリューション営業統括部長