
アンモニアで切り拓く脱炭素への道
──困難な状況に直面してなお、なぜJERAは前に進むことができたのか【後編】
2026.7.23
世界でも前例のない低炭素アンモニア・バリューチェーンの構築に挑むJERA。前編では、その挑戦の意義と、すべての土台となる「制度」の認定を政府・自治体・他社・業界との共創で勝ち取った道のりを追った。
だが、制度だけではバリューチェーンは動かない。どうやって低炭素アンモニアを調達するのか。そして、世界初の発電所での燃料転換を、いかに安全に、地域とともに実現するのか。後編では、米国でのパートナー選定を率いたJERA Americasの堤 直己氏、「碧南火力発電所」で世界初の挑戦の最前線に立った坂 充貴氏の語りから、「上流」と「発電所」、それぞれの信頼と共創の物語を追う。世界各地のプロジェクトでは中断・見直しの動きが見られる中で、なぜJERAは前へ進むことができたのか。その答えは、徹底した「信頼関係」の構築にあった。

世界中の候補から、Blue Pointへ。決め手は「信頼できるパートナー」
制度をめぐる議論が国内で進んでいた当時、世界ではアンモニア製造プロジェクトの立ち上げが各地で相次いでいた。JERAは2022年2月、燃料アンモニアの調達に向けた国際競争入札を実施。約30社に提案依頼書を送付し、世界中のプロジェクトとの対話を始めた。
最終的に選定したのは、米国ルイジアナ州の「Blue Point」プロジェクト。CF Industriesと、国内パートナー企業との共同事業である。米国でこの選定に向けた取り組みを率いたJERA Americas CSO(Chief Strategy Officer、最高戦略責任者)の堤 直己氏は、当時10案件程度を3つの評価軸(価格競争力、実現可能性、潜在リスクとその対応可能性)で比較検討したと振り返る。最終的に残ったBlue Pointともう一つの案件は、評価スコアがほぼ同等。最後の決め手は、定量ではなく定性的な判断だった。
「『双方にとって、長期的に信頼して一緒に取り組んでいけるパートナーかどうか』。これが最後の決め手でした。CF Industriesは技術的バックグラウンドに絶対的な自信を持つ会社で、JERAも技術・長期志向の文化を持つ会社です。お互いに短期リターンだけを追うのではなく、長期的にコミットして共に事業を育てるという姿勢で想いが合致していた。それが最後の決断を後押ししました」(堤氏)
ブルーアンモニアの製造にはCCS(CO₂を回収して地中に貯留する技術)がセットになるため、CO₂を貯留できる地質条件が整った場所が必要だ。Blue Pointのあるルイジアナ州ガルフコースト(米国南部のメキシコ湾岸地域)はCCSに適した地質を持ち、CO₂パイプラインや貯留施設、港湾・ガスパイプラインも充実。日本向け輸出にも有利な立地で、IRA(Inflation Reduction Act:インフレ削減法。米国のクリーンエネルギー投資を促進する法律)による税額控除などの優遇措置も大きなプラス要素だった。
【コラム】Blue PointプロジェクトとCF Industriesについて
Blue Pointは、米国ルイジアナ州アセンション郡で進む、年間約140万トンの生産能力を持つ大規模な低炭素アンモニア製造プロジェクト。完成すれば世界最大級の施設になる見込み。
運営の中心となるCF Industriesは、世界最大級のアンモニア製造会社。出資比率はCF Industriesが40%、JERAが35%、国内パートナー企業が25%。総事業費は約40億米ドル(約6,000億円)で、JERAは生産量の一部を引き取り、「碧南火力発電所」での燃料アンモニア転換に活用するほか、中部地域における一般産業等にも供給する計画だ。
信頼を維持しながら、最後までオプションを持ち続ける
Blue Pointへの投資決定への道のりは、決して一直線ではなかった。最大の難しさは「タイミング」だったと堤氏は言う。投資決定と、「価格差に着目した支援制度」の枠組みが固まるタイミングをいかに合わせるか。支援の対象条件や上限額といった詳細が見えない中で、意思決定を求められる場面が続いた。
当初、JERAは100万トン規模での燃料転換を想定し、ブルーとグリーンの組み合わせや調達先の分散など、あらゆる組み合わせを同時進行で検討していた。結果的に50万トンへの絞り込みが決まると、10案件のどれを優先するかという選択が一気に焦点になった。ここで堤氏がチームに求め続けたのが、信頼を損なわない交渉だった。
「各パートナーとの信頼関係を維持しながら、可能性をギリギリまでオプションとして持ち続ける。どのパートナーにも誠実に話し合いを続けながら、制度の見通しと投資判断を、可能な限り近いタイミングで迎えることができました」(堤氏)
「JERAさん、おめでとう」。パートナーと築き上げた、世界からの評価
投資決定の公表後、堤氏はその反響を国際舞台で実感する。ガルフコーストには当時、数十のアンモニア製造プロジェクトが計画されていたが、コスト上昇や制度設計の遅れを背景に、ほぼすべてが中断・断念という現実があった。そうした中でJERAがパートナーとともに投資決定を成し遂げ、建設を進めている事実は、世界のエネルギー業界で広く知られている。
「2026年のCERAWeek(米国ヒューストンで開催される世界最大級のエネルギー会議)でも、計画を見直された関係者たちから『JERAさん、おめでとう』と声をかけられました。これだけのスケールの投資を決定し、実際に建設を進めているのは、世界でも稀なことです」(堤氏)
ただし、堤氏が強調するのは、これがJERA一社だけで実現できたものではない点だ。2025年に発表したLNGの大型調達と合わせ、JERAは米国で天然ガスを原料に、LNGの調達とブルーアンモニアの製造の両方を推進している。
「『LNGもアンモニアも両方できるのはJERAだけだ』という声は、業界関係者からよく聞きます。ただ、これはJERAだけで成し得たことではありません。CF Industriesや国内パートナー企業をはじめ、信頼できるパートナーと粘り強く関係を築いてきたからこそ、世界から評価される結果につながったのだと思っています」(堤氏)
世界中で並走するプロジェクトを束ねる過程で堤氏が意識したのは、各メンバーに担当としての当事者意識を持たせることと、「世界でも前例のない取り組みに携われるのは幸運なことだ」という意義を伝え続けること。プロジェクトへの責任感と携わる意義づけ──この2つが、チームを動かす要だった。
「安全」を守り抜き、発電所の全員で挑む世界初の燃料アンモニア転換
制度と上流の交渉が並走する一方、もう一つの重要な舞台があった。「碧南火力発電所」である。2024年4月1日、当時の所長として着任した坂 充貴氏(現:執行役員 西日本支社長)は、まさに着任初日にアンモニアバーナーの初点火を経験した。
「着任したその日にアンモニアバーナーに火がつき、漏れもなく無事に燃えてくれて、本当に胸を撫で下ろしました。4月10日には定格出力100万kW運転で燃料アンモニアの20%燃料転換を安定して達成でき、最初のステップは無事成し遂げることができたと安心しました」(坂氏)
意外にも、技術的な不安は少なかったという。大学の研究室での燃焼、パートナー企業の工場や電力中央研究所での燃焼試験など、下積みを経てPDCA(計画・実行・評価・改善のサイクル)を重ねてきたからだ。大変だったのは、実は別のところにあった。アンモニアは「劇物」──毒物および劇物取締法で定められた、人体に有害な化学物質である。
「劇物である以上、万が一にも漏れてしまえば多くの方が被害に遭ってしまうかもしれない。世界初の取り組みとして注目されている分、失敗すればその事実が一気に世界に広がる。その緊張感と恐怖心は常にありました」(坂氏)
準備段階では、マイナス33度のアンモニアに対応できるようタンクや配管を1カ月ほどかけて徐々に冷やしていく。その間、バルブを分解する際などに少量のアンモニアが出ることもある。匂いがすれば確認し、漏出が大きくならないよう止める。その慎重で丁寧な動きの繰り返しこそが、特に苦労した部分だった。
考えうる安全対策はすべて実施する──絶対に事故を起こさない
坂氏が貫いたのは、「絶対に事故を起こさない」という強い意志だった。それを象徴するのが「多層防護」の考え方である。「漏れない設備をつくる」「万が一漏れても直ちに発見できる」「大規模な被害に至る前に被害を極小化する」──幾重にも安全の層を重ねることで、最悪の事態を防ぐ。世界初の挑戦だからこそ、「やれることはすべてやる」という姿勢で臨んだ。
信頼関係の構築が欠かせない──行政への説明と、住民との対話
安全対策と並んで坂氏が心血を注いだのが、地域住民や行政との対話だった。住民への説明は実証試験の1年半前から開始し、半年前には消防・病院も含めた合同訓練を複数回実施した。まず、2015年のパリ協定(温室効果ガス削減に関する国際的な枠組み)に端を発した世界的潮流の中で、JERAがCO₂を排出し続ければ世界から遅れてしまうという必要性を説明する。その上で、住民が抱く「万が一大量に漏れた場合はどうなるのか」という不安に対して、安全対策とあわせて丁寧に説明していく。
住民の反応は段階的に変化した。最初は「アンモニアが燃料になるのか」という段階。アンモニアの危険性──ばく露の許容濃度(人体に有害な影響が出ないとされる空気中濃度の目安)は25ppmであり、高濃度になると人命に関わるおそれがある──を数値で理解してもらうと、次第に住民の間で理解が進んでくる。そこで初めて安全対策の説明が響く。「順を追って、丁寧にコミュニケーションしていくことで、皆さんの理解や受け止め方が少しずつ変わっていく手応えを感じていました」(坂氏)。
メーカーとの関係でも、坂氏は独自のスタンスを取った。バーナー開発状況を確認するため、自ら試験データを見に行く。坂氏はあえて悪いデータも求めた。「悪いデータを見た上で、なぜそうなるのかという裏付けに対しお互いに納得し合うことが、本質的な信頼関係につながるのです」(坂氏)。行政との関係も同じ姿勢で、首長に対し「最悪の事態に住民の安全をどう守るか」を軸に、繰り返し説明を重ねた。
発電所全体に通底していた、みんなの絆
坂氏がもう一つ強く意識したのが、社員への声がけだった。
「こうしたプロジェクトは、初の実証設備に携わる従業員やパートナーの方々にスポットが当たりがちです。ただ、今回の取り組みは、既存の石炭火力発電所が安定的に発電し続けている上に成り立つもの。発電所構内には常時JERAの社員250名に加え、協力会社も含めると1,000名近くが働いています。その方々が既存設備を安全に運転し、メンテナンスをしっかりやってくれているからこそ、実証試験が成り立っている。そのことを伝え続けました」(坂氏)
それが、結果的に全員の絆につながっていった。「構内にいる全員がこのプロジェクトを支えているという意識を持って心を合わせたことで、本当にいいチームになれました」(坂氏)。世界初の実証を支えたのは、最先端の技術や設備だけではない。発電所の1,000名と、地域住民・行政・消防・病院・メーカー──すべてのステークホルダーとの長年の信頼関係が、実証実験の成功を支えていた。
3つがつながった先に、次の地平が見えた
制度、上流、発電所。それぞれのピースで信頼と共創を積み重ねてきた取り組みが、ついに一本の線として結ばれた。2025年12月19日、JERAは水素社会推進法の「価格差に着目した支援制度」で認定を受け、Blue Pointの低炭素アンモニアを「碧南火力発電所」で活用する道筋が経済的に成立。2026年3月27日には「拠点整備支援制度」の認定も下り、中部地域の他事業者へ供給するためのローリー(輸送用タンク車)出荷設備などへの支援も可能になった。
「制度・上流・発電所という3つのピースが、ここで初めて一本の線として結ばれました。それぞれが並走し続けてきた4年間の集大成です」(加藤氏)
供給先は「碧南火力発電所」だけにとどまらない中部地域における複数企業の工業炉燃料などへの供給が予定されている。「碧南を起点とした中部地域でのアンモニアの社会実装を加速させ、一般産業への供給拡大に向けた具体的な一歩を踏み出せます」(加藤氏)。視線はさらに先へ向かう。脱炭素が難しいハード・トゥ・アベイト産業(鉄鋼・化学など、構造的にCO₂排出の削減が難しい産業)や船舶のバンカリング(燃料補給)分野でもアンモニアは有力な選択肢だ。JERAは2021年頃から他の電力会社ともワーキンググループを組成し、知見を共有してきた。
2029年度には「碧南火力発電所」で低炭素アンモニアの商用運転が始まる。これは低炭素燃料を「構想」や「実証」から、実際に社会を支えるエネルギーへ移行させる重要な節目だ。だが、技術の国際的普及、アンモニアを水素に転換する技術開発、転換率の引き上げ、エネルギーストレージ(電力を貯蔵する技術)──次の山はいくつもある。そして視線はアジアへも向かう。
「アジアの国々も脱炭素化を目指す流れの中で、日本での取り組みをアジア全体へ広げることも視野に入れています。LCFを電力分野にとどめず、産業や輸送も含めた社会インフラとして定着させ、安定供給と脱炭素の両立を実現していきます」(加藤氏)
未来への広がりには、「信頼」と「共創」が欠かせない
脱炭素の流れが世界的に一部で逆行する動きも見られる時代である。それでも、JERAは歩みを止めない。最後に、このプロジェクトを通じて国内外に示したいことを、こう語った。
「脱炭素と電力の安定供給という難しい課題に対し、構想にとどまらず、実際に事業としてやり切るという姿勢を示したい。国内には、低炭素燃料が将来の構想ではなく電力を支える現実的な選択肢となり得ることを碧南での商用化で示す。海外には、日本発のエネルギー事業者として低炭素燃料のバリューチェーンを構築・運営できることを示し、グローバルなパートナーとの連携をさらに深めていきます」(加藤氏)
制度、上流、発電所。3つのピースは、別々に動いていたわけではない。政府との対話、グローバルパートナーとの長期的な信頼、地域住民との丁寧な向き合い、社内外の連携、他電力会社との情報共有──そのすべてが「信頼」と「共創」を土台に積み上げられてきた。国内初の低炭素アンモニア・バリューチェーンは、2029年度の商用運転に向けて、確かな道筋が付けられた。その先の地平へ歩みを進めるために欠かせないのは、これまでと変わらず「信頼」と「共創」である。構想を、現実へ。JERAとそのパートナーたちの挑戦は、ここから本当の意味でスタートする。
前編では、なぜJERAがこの挑戦に挑むのか、すべての土台となった「制度」をどう築いたのかを描いています。
あわせてご覧ください。

株式会社JERA 執行役員 JERA Americas Inc. Chief Strategy Officer (CSO)
堤 直己
20年以上の海外事業経験を持ち、JERA Americasの最高戦略責任者として米国を拠点に、ブルーアンモニアの上流案件精査と投資判断を主導。世界各地の数百のプロジェクトの中から、CF Industriesとの「Blue Point」プロジェクト選定をリードし、JERAをLNGとブルーアンモニア両方を米国で推進する世界でもユニークなポジションへと押し上げた。

株式会社JERA 執行役員 西日本支社長(前・碧南火力発電所長)
坂 充貴
2024年4月、碧南火力発電所長として着任した初日に、世界初の発電用アンモニア転換バーナーへの点火を経験。多層防護の安全対策、1年半にわたる地域住民との段階的対話、消防・病院との合同訓練を主導し、20%燃料転換の安定達成に至った。現在は西日本支社長として、広域のステークホルダー連携体制の構築に取り組んでいる。

株式会社JERA
LCFバリューチェーン
統括部長
加藤 雄一郎
JERAのLNG上流業務に長年従事した後、2023年4月のLCFバリューチェーン統括部発足に伴い統括部長に就任。低炭素燃料の上流から輸送・調達・販売までを一気通貫で束ねる組織を率い、国内初の低炭素アンモニア・バリューチェーン構築をリードする。