地球に問う。
共に描く
2050年の未来の地球の姿。
共に描く
2050年の未来の地球の姿。
久世 暁彦
JAXA第一宇宙技術部門
GOSAT-2 プロジェクトマネージャー
東京大学博士(理学)。長年にわたり温室効果ガス観測に関する研究を続ける、地球大気観測のエキスパート。温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号(GOSAT-2)」のマネージャーとして、観測機器の開発・衛星の運用および航空機を用いた観測に関わっている。目下の目標は、温室効果ガスの排出源を捉える試みと都市レベルでの情報提供。
坂 充貴
O&M・エンジニアリング
戦略統括部 技術経営戦略部 部長
1993年、中部電力に入社。尾鷲三田火力発電所、発電本部火力部計画グループ、川越火力発電所を経て、経営戦略本部へ。事業計画の根幹をなす電力長期需給計画策定などを通じて、原子力発電、再生可能エネルギー発電、火力発電、電力販売、流通設備を含めた効率的な電力供給を担ってきた。JERA創設後は、経営企画本部調査部長を務め、2021年7月から現職。技術調査、技術経営戦略の立案などを任されている。
※情報は取材当時のものになります。
久世
私たちは、2009年の「いぶき」打ち上げから、CO₂をはじめとした温室効果ガスを観測し続けてきました。ここ10年の間に大気中のCO₂濃度は確実に上昇し、地球の気温を上昇させています。ただし、地球は極寒の宇宙に浮かんでいる星です。毛布のような役割を果たしてくれるCO₂がなければ、人類はこの星で生きていくことができません。近年はCO₂がまるで悪者のような言われ方をされますが、大切なのはバランスを取っていくこと。だからこそ、私たちが地球全体を「上から見続ける」ことで、地球の今を可視化することが必要なのです。
坂
ここ100年間、世界人口とエネルギー消費量が増加し続ける中で、私たちは、常に環境課題に直面してきましたよね。半世紀前の公害問題などは、その代表的な事例だと思います。産業界全体が、窒素酸化物・硫黄酸化物の抑制に取組み、公害問題の解決に全力を注いだわけです。産業界には、環境に対するニーズに応え続けてきた歴史があります。今はその抑制すべき対象が、CO₂に変わったということ。その課題に全力で向き合っていくことは、エネルギーを担う者としての定めだと考えています。
久世
確かに人類はいろいろな課題に直面してきましたよね。ただ、温室効果ガスによる地球温暖化については、なかなかそれが明確な問題として受け取られることが難しかったように思います。地球温暖化という言葉は、私が高校生のころから存在していたにも関わらずです。実際に、私たちは人工衛星を打ち上げ、地球全体の姿を観測していますが、1年という短期間で見ると、ほとんど変化が見られません。ぽっかりと穴が空いていることを観測できるオゾンホールと比べると、その変化は微々たるもの。本来はもっと早くに手を打つべきだったのでしょう。ただ、それを後悔しても何にもなりません。大切なのは「今できること」をしっかりと果たすこと。より精緻なデータを提供できるよう、今もチャレンジを続けているところです。
坂
そうですね。日本の発電を支える私たちに「今できること」は、自社が排出するCO₂をしっかりと減らしていくことです。世界のCO₂排出量はおよそ年間300億t。その中で、日本は11億tのCO₂を排出しているのですが、そのうちの1億tをJERAが排出しています。次世代に美しい地球を残すために、脱炭素の取組みは必要不可欠なもの。そこで打ち出したビジョンが「ゼロエミッション2050」です。
再生可能エネルギーと CO₂を排出しない「ゼロエミッション火力」を組み合わせることで、2050年の脱炭素社会実現にチャレンジしていこうと考えています。ただし、社会に電力を「安定供給」し、「経済性」と「環境性」を保つことは簡単なことではありません。そのためには、エネルギーをより効率的に利用していくことが必要であり、さまざまな電源を組み合わせることで、効率よく発電することを追求しなければいけません。
車のエンジンもアクセルを踏んだり、緩めたりすると燃費が悪くなりますし、巡航速度を一定にすると燃費は良くなります。天候や地理条件に左右されやすい不安定な再生可能エネルギーに、「ゼロエミッション火力」という、これまでにない技術を上手に組み合わせていく。それが、私たちが打ち出した「答え」なんです。
久世
「いぶき」は、宇宙から地球全体の温室効果ガスを専門に観測する世界初の人工衛星です。約1万色の「色(光の波長)」を観測できるセンサーを搭載し、光の色で二酸化炭素やメタンの濃度を正確に解析することができます。ただ、今でこそ精緻なデータを取れるようになりましたが、打ち上げ当初はなかなか精度が出せずにいて……。
坂
1万色はすごいですね。それでも、宇宙から正確な観測を行うことは難しかったのですか?
久世
地表から10kmの「対流圏」を遠く離れた宇宙から観測するわけですからね。地表の高度は、観測点によってさまざまですし、その上には雲もあれば、雨が降っていることもあります。観測を始めたころは、「無謀なことをやっている」という冷めた目で見られて打ち上げから2年間は、精緻なデータを出すために苦労し続けていたのです。そうした状況を覆したのは、科学者たちの懸命な努力でした。仮説を立て、さまざまな解析を繰り返すことで、精度の高いデータを出せるようになり、一気にユーザーが増えていったのです。
久世
温室効果ガスの濃度を精緻に測定できるようにはなりました。けれど、そこで私たちのチャレンジが終わったわけではありません。より有用なデータを提供することを考えれば、温室効果ガスがどこから出ているかを明確に測れなければいけません。大規模な排出元である都市に注目すること。都市から排出されたガスがどう流れていくかを分析すること。そこが現在の課題ですね。大気には国境がありませんから、どこに運ばれていくかを解析することは実に困難です。小・中学生向けの講演などでは、「おならと一緒だよ」なんて説明しています。一度出してしまったら、誰がしたかわからなくなるという(笑)。
坂
わかりやすいですね(笑)。ちなみに、こうした測定技術は世界的に普及・標準化しているのでしょうか。
久世
「いぶき」の観測データはオープンフリーで公開されていますし、NASAと協働しながら、観測データの精度に関する検証も行っています。「いぶき」の後に続いて、アメリカ・ヨーロッパでも同様の衛星を打ち上げていますが、それぞれにクセはありながらも、整合性が取れていることも証明されているのです。
坂
排出されたCO₂を追跡・特定できる時代がやってくるのかも気になるところです。電気の世界でも同じようなことが起きていて、電気にCO₂のデジタルデータを付与して供給するといった取組みが始まっています。
久世
排出されたCO₂を追跡・特定することは、まだまだ難しい状況ですね。ただ、宇宙から得られるデータだけで、それを実現しようとは考えていません。航空機からの観測や、化石燃料の燃焼と同時に発生するNO2の計測など、「傍証」となるデータにも目を配っていこうとしています。「上から見続けること」は確かに大切ですが、それだけでは、胸を張れない時代になりました。
そうした努力はなかなか表に出ることはありませんが、何よりも大切なのは、より有効なデータを出すために工夫し続けることだと思っています。マスコミは「打ち上げ」の時しか、取り上げてくれませんけどね(笑)。
坂
私たちは、事業の着実な進捗および事業環境の変化を踏まえ、長期的に目指す姿を明確にすることとし、2035年に向けた新たなビジョンを策定しました。具体的には、 再生可能エネルギーと低炭素火力を組み合わせたクリーンエネルギー供給基盤を提供することにより、アジアを中心とした世界の健全な成長と発展に貢献する。そのビジョンを実現することはもちろんですが、日本の熱効率の高い発電技術を海外に提供することも重要な役割だと私は考えています。
JERAの国内発電設備容量はおよそ6,600万kw。海外では、およそ1,060万kwとなっています。通常、発電設備を長く使っていると効率が下がっていくものですが、日本はその効率を下げないようにする技術に長けているのです。それは、日本人に根づいている「もったいない精神」の表れだとも言えるでしょうね。
「もったいない精神」は、サステナビリティーに深く通じるもの。それは、メーカーにはできない、私たち独自の価値であると考えています。そして、私たちは民間企業でもありますから、こうした変化は大きなビジネスチャンスでもあるわけです。再生可能エネルギーを含めた総合的なエネルギーの有効活用を提案することで、さらなる発展を遂げていきたいと考えています。
久世
そうなってくれれば、私たちも嬉しいですよ。CO₂が増えていることを示すデータばかりでは、気持ちが重くなって、元気が出ません。世界各国の取組みによってどのような削減効果があったのか。その効果が目に見えるようなデータを開示できれば、世の中にさらなるモチベーションを届けることができますよね。
坂
「上から見続けること」が大切。だからこそ、わかることがある。エネルギーの課題に向き合い続ける者として、大きなヒントをいただいた気がしています。
久世
机上での計算や分析に終始していると、見落としてしまうことも多いですからね。上から見ていれば、排出されたものは、必ずどこかで見つかるわけですから。
坂
宇宙技術の進化によって、これまでとはまったく違う時代がくるのかもしれませんね。先日、カリフォルニア工科大学が、人工衛星のソーラーパネルから太陽光をマイクロ波に変換し、地表に送ることに成功したというニュースを見ました。宇宙からエネルギーを地球に持ってくるというSFのような時代がくるかもしれませんし、個人が出すCO₂までも追跡・特定・管理できるようになることもあるかもしれません。これから半世紀先に、人類が宇宙や地球とどのような関わり方をしているのでしょうね。
久世
想像もできないような未来が待っているのかもしれません。ただ、私自身は、目先のことしか見ていないのですよ。「いぶき」の観測にしても、次から次へと課題がやってくるわけですからね。温室効果ガスの排出源を捉えること。排出源である都市レベルの情報提供を充実させること。
そして、今いちばん興味があるのは、「雑草の生え方」なんです。CO₂を「吸収する側」も見てみたくなったのですよ。アマゾンの熱帯雨林ばかりが話題になるけれど、農地などもたくさんCO₂を吸ってくれているし、夏場には都市部の雑草が大きく役立っていることもわかっています。普段、遠くから地球を見ていると、もっと細かいところを見ていきたいという気持ちになるのですよ。
坂
宇宙から地球を見ていて、雑草に興味を持つようになる。素晴らしい好奇心ですね。
久世
雑草に興味を持つようになったのは、とある海外の研究者の方々との議論がきっかけでした。「あなたのところのセンサーは1万色も測れるのに、どうして植物の光合成を見ないのか?」と指摘されましてね。こうした多様な人たちと出会い、その見識に触れられたことは、「いぶき」を任されたことで得られた一番の財産だと思っています。
久世
今から45年前、アメリカが打ち上げた人工衛星によって、南極のオゾンホールが観測され、オゾン層が破壊されていることが明らかになりました。その結果が、フロンガスの規制に結びつき、人類だけでなく地球上の生命を紫外線から救うことになったわけです。私がJAXAで仕事をしようと考えたのは、この事実を知り「人類の役に立つ衛星に関わりたい」という夢を持ったからでした。
ただし、坂さんが「産業界には、環境に対するニーズに応え続けてきた歴史がある」と話したように、課題というものは次から次へと出てくるものです。成功を焦らず、着実に積み重ね、大きな課題に向き合っていくことが大切なのだと思います。また、私が学生だったころと比べて、今は海外が身近な存在になりました。異なる文化に積極的に触れながら、自らの世界を広げていってほしいですね。
坂
成功やイノベーションは一足飛びにいくものではありませんよね。世界は今、SDGs達成や脱炭素社会の実現に向けて、動き出しています。ただし、これらはあくまで次の時代に向けたプロセスであり、最終的なゴールではないのです。その実現に向けては、数々の困難が待ち受けているでしょうし、目標を達成した後も、新たな課題が次々と生まれてくるでしょう。
だからこそ、着実に目の前の課題に向き合い、自分なりに考え、挑戦し続けることが大事なのだと思います。人類の課題を解決する仕事は、至上の達成感を与えてくれるものです。そして、その達成感は、充実した人生を送ることにもつながっていきます。現代は「生きづらい時代」であると言われますが、私はそうは思いません。世の中に科学技術で説明・解決できないことはない。そう信じるならば、好奇心は自ずと湧いてくるもの。大きな課題に向き合い、自らの手で解決していくワクワク感を皆さんと共有できる日を心待ちにしています。
今こそ、やらなきゃダメなんだ。
久世 暁彦
坂 充貴