
「人はなぜ戦争をするのか」「AIの時代、人間に何が残るのか」……
産・芸・学・官と青少年の輪が大きく広がり始めた「高野山会議」で語られた問いとは
2026.10.29
日本最大の発電容量と世界最大級の燃料取扱量を有するJERA。「世界のエネルギー問題に最先端のソリューションを提供する」ことを企業のミッションに掲げている。だが、気候変動も、国際秩序の揺らぎも、生成AIがもたらす地殻変動も、1社で解決できる課題ではない。ならば、自社の物差しで課題を測るだけでなく、まったく違う物差しを持つ人々と同じ問いに向き合う経験が要る。そこでJERAが三井住友銀行、あずさ監査法人とともに2025年6月に設立したのが、一般社団法人「社会的価値共創フォーラム」である。
2026年8月20日から22日までの3日間、場所は和歌山県の高野山。フォーラムは東京大学先端科学技術研究センター(以下、東大先端研)が主催する「高野山会議2026」に特別共催として参画している。会場に集まったのは国際司法裁判所の元所長、工学、宇宙、脳科学や地域社会等様々な先端領域の研究者、南部鉄器の十六代、染織作家、声楽家、元アスリート、僧侶、そしてエネルギーや金融をはじめとする企業の経営者たち。そこに27名の高校生・大学生が加わった。
フォーラムの参画企業は、2025年6月の設立から1年あまりで10社に拡大。設立時に描いた産・芸・学・官の対話と共創の構想が現実の光景になった。専門も立場も世代も違う人々が、同じ問いの前で議論した3日間を記録する。
社会的価値共創フォーラムを交え、輪が広がった「高野山会議2026」
高野山会議は、2021年に第1回が開かれ、2026年で6回目を数える。フォーラムは特別共催として、今年初めて運営に加わった。弘法大師空海が1200年余り前に真言密教の道場として開いた高野山を舞台に、科学・芸術・哲学をはじめ多様な分野の人々が対話する場である。高野山では、様々な考え方や多様な文化を受入れ、育みながら、そして言葉や文字だけでは伝えきれないものを、師から弟子へ脈々と受け渡してきた。その精神を感じながら、次の1200年を考えるのである。
初日の開会式は、高野山真言宗の声明で幕を開けた。主催者を代表して挨拶した東大先端研所長の杉山正和氏は、今年からフォーラムとともにビジネスセクターを迎えた新体制で運営することを紹介した。
フォーラムには設立時社員のJERAと三井住友銀行、特別会員のKPMGあずさ監査法人に加え、共創会員としてIHI、出光興産、エルエヌジージャパン、日本郵船、日立製作所、アビームコンサルティング、電通が名を連ねる。エネルギーと金融、監査法人から始まった輪は、重工業、海運、電機、コンサル、広告の各業界へと広がった。高野山会議2026では、各社の経営トップが高野山で同じフロアに座り、発言する姿がみられた。


オープニングトークで、杉山氏はこの場のルールを示した。肩書きや立場を外して自由に発言する。相手を打ち負かそうとしない。いろいろな見方があるという前提で対話する。正解も不正解もない──。ビジネスシーンではなかなか成立しないルールである。
感性を磨き、問いに向き合う場
フォーラムのファウンデーションアドバイザーを務めるJERA代表取締役社長CEO兼COOの奥田久栄氏がオープニングトークで語ったのは、「言葉」と「数式」で捉えられる範囲の狭さだった。
宇宙を構成するもののうち、言葉と数式で説明できるのはわずか5パーセント。人と人のコミュニケーションでも、言葉が担っているのは15パーセントほどにすぎない。残りを受け取るには、感性を使うしかない。「ビジネスは言葉と数字で動く世界です。だからこそ、感性を磨く場所が必要になる。空海はまさにそれを捉えていた。高野山は、その場所なのです」(奥田氏)。

同じくファウンデーションアドバイザーである三井住友フィナンシャルグループ取締役会長の髙島誠氏は、前年の高野山会議で蓮華定院住職の添田隆昭氏から投げかけられた「ビジネスはやはりお金儲けですよね」という言葉が忘れられないという。その問いに向き合うなかで、「相手のためになることを考えることこそが、ビジネスの本質だと気づかされた」と述べた。

KPMGあずさ監査法人 理事長の山田裕行氏は、AIの進化速度に警鐘を鳴らした。AIはやがて自律的に価値観を持って動き始める。何を大切にすべきかを伝えていかなければ、対立構造の中での価値観ばかりを学んでしまいかねない、と。「我々が感性を持った人間として、AIにどう価値観を教えていくか。これが非常に大切な時代を迎えている」。

出光興産代表取締役社長 社長執行役員CEOの酒井則明氏が語ったのは、創業者・出光佐三氏の姿勢だった。思想や立場の違いで人を分けず、異なる考え方をそのまま認め合うことの大切さを説いた人であったという。「自国のことをよく知らなければグローバルには通用しない」という創業者の考え方を、いまも受け継いでいると述べた。
IHI代表取締役社長 最高経営責任者の井手博氏は、170年を超える同社の歴史と、「技術をもって社会の発展に貢献する」という経営理念に触れた。そのうえで、国際的な緊張が高まるなかで安全と安定を次の世代とともにつくっていくことこそ、いま企業が果たすべき最大の価値であると語った。
アビームコンサルティング代表取締役社長CEOの山田貴博氏が投げかけたのは、「経験」についての問いだ。AIで最も影響を受けるのは人の経験である。AIは五感を使った経験ができない。だからこそ取り組むべきは、人が五感を使って経験する機会をいかに作り出すかである、と。「若い時はまずはAIに頼らず、自らの感性を最大限生かしながら、いろんなことを経験しよう。その先に、皆さんが想像もしなかった新しい価値が生まれてくる」と参加した青少年に呼びかけた。

これに応じたのが、青少年高野山会議に参加する大学生だった。周囲の学生のほとんどがAIを使って課題を一瞬で終わらせている。その様子を見ながら、「それでは人間に何が残るのか」を考えているのだという。「AIは速く、人間は遅い。だからこそ、時間をかけてしか得られないものに価値があるのではないか、時間そのものが価値になるのではないか、と考えています」と述べた。

ビジネスパーソンが問いかけ、語り、10代、20代が問い返す。異なる立場の見方が交わり、その場で新しい視点や気づきが生まれる。フォーラムが創造しようとしてきたのは、まさにこうした場だった。
個人には倫理が働くが、国家は倫理を持たない?
3日間で、オープニングトークに続く7つのセッションが開かれた。共通していたのは、ひとつの問いをめぐって、まったく異なる専門やバックグラウンドからの知見がもたらされたことである。


「Why war? ひとはなぜ戦争をするのか?」と題したセッションは、この高野山会議で5回目を数えるセッションである。
元国際司法裁判所所長でライデン大学名誉教授の小和田恆氏は、この問いを二つの層に分けた。「人間の本性としてなぜ争うのか」という問いと、「国家という集合体がなぜ戦争という手段を選ぶのか」という問いである。そして、「国内には紛争を裁く裁判所も執行する警察もあるのに、国際社会は合意しなければ縛られないという秩序でしかない」と指摘したうえで、こう述べた。「個人には倫理が働くが、国家という集合体は倫理を持たない」。

政策研究大学院大学教授の安田洋祐氏は、一度の戦争の背後には、実は未然に防がれた何百もの危機があるはずだと述べ、問うべきは「なぜ多くの場合は戦争しないのか」ではないかと提起した。
出光興産の酒井氏は、経済的相互依存の重要性を挙げた。緊張関係にある国家間においてこそ、経済活動により互いの依存度を強めていくことが抑止になりうるのではないか、と述べた。僧侶の添田氏は、石油の禁輸で追い込まれた日本の国民が太平洋戦争の開戦の報に「納得していたどころではない、狂喜していた」と語り、一つの国を、その存立が危うくなるところまで追い込まないことの重要性を説いた。
一つの指標や数字を追いかけることに潜む「罠」とは
「身体から考えるおおらかな人間らしい社会のあり方」というテーマのセッションでは、統括を務めた東大先端研教授の爲末大氏が「指標」をめぐる問題意識を述べた。人類はこれまで、平均寿命、GDP、ウェルビーイングと、さまざまな指標を追いかけてきた。しかしどのような指標であれ、良い社会を定義して最適化するプロセスには、大切な何かが損なわれる罠が潜んでいる。質の異なるものを一つのものさしに揃えた瞬間、そのものさしに乗らないものが排除されるからだ。
「選手が不調になったとき、心理学者は心理の問題として見て、栄養学者は栄養が足りないと見る。でも選手自身は、身体として複雑な世界を抱えている」(爲末氏)。では、複雑なものを複雑なまま扱うにはどうすればよいのか。爲末氏がその起点に据えたのが、「身体」だった。

ソニーコンピュータサイエンス研究所の遠藤謙氏は、競技用義足の開発現場から述べた。選手が「この義足がよい」と言うとき、その理由はデータに出てこないことがある。単に履き慣れているだけかもしれない。数値で説明しきれないものが必ず残るのだ、と遠藤氏は言う。だからエンジニアは、どこかでデータを手放し、選手の納得感のほうを信じる判断を迫られるという。
声楽家で東京音楽大学教授の小森輝彦氏が挙げたのは「遊び」だった。ハンドルの遊びのように、少しの余裕があることが重要で、演奏でも、すべてを思いどおりに制御しようとすると面白くならないし、遊びのない状態で無心に入り込んでしまうと、自分が何をしているのか把握できなくなる。その余裕があることが、おおらかさにつながるのだと小森氏は語った。
三井住友銀行で社会的価値創造推進部長を務める松永圭司氏も、金融の現場からこのように述べた。銀行の意思決定は、そのほとんどがデータとエビデンスに支えられている。それでも最後には、数字が示していない部分を引き受けて判断する余地が残る。その裁量をマネジメントがどこまで持てるかが、組織の力を分ける──。
「WAの芸術とデザイン」がテーマのセッションでも、数字で測れないものが主題になっていた。南部鉄器 鈴木盛久工房の十六代 鈴木盛久氏は、砂を粘土状にして紋様を施し、そこに溶かした鉄を流し込む製法を紹介した。「砂の鋳型は繰り返し使えるため、ゴミにならない。400年前からすでにサステナブルな製法だったんです」。

染織作家で多摩美術大学准教授の辛島綾氏が示したのは、燃料が薪から油へ、いまは電気へと変わっても、火が灯り続けていれば継承は成立しているという考え方だった。「美の継承とは、灯し続けること」。南部鉄器も染織のいずれも、サステナビリティという言葉が一般的になるはるか前から続いてきた営みである。
義足、声楽、金融、そして工芸。異なる現場から語られたのは、いずれも「隙間」だった。自分ひとりの専門の中にいては、それが同じ隙間であることには気づけない。
2日目のセッション「宇宙と地球」では、KPMGコンサルティングで宇宙ビジネスを担当する宮原進氏が、宇宙では空気も水も温度も自分で設計しなければならず、誰が供給し誰が責任を負うのかという値札がつく、日常の前提を設計し直す仕事なのだと指摘。また東大先端研教授の関華奈子氏は、40億年前の火星が地球よりも生命に適した惑星でありながら、その環境を失ってしまったという事実を示した。いまの地球も、条件が揃っているから維持されているにすぎない。宇宙へ出ようとするほど、地球がいかに特別かを実感するのだという。
このように宇宙を「地球の当たり前を裏返して見せる装置」として捉えた後、今度は議論の焦点を地域に変える。セッション「地域のアイデンティティとサステナビリティ」において奥田氏は、サステナビリティを「人が気持ちよく一生を全うできる空間を維持し続けること」と定義し、風土から生まれるものを守りながら価値化していくことに、日本が価値経済へ移る鍵があると述べた。他にも女人禁制で単体では人口を再生産できない高野山が1200年続いた周辺地域との分業構造など、行政区ではない概念で地域を捉え直すという視点へ議論が展開さされた。
宇宙から地球、そして地域へ。数十億年から、1200年、数十年という時間へと、空間と時間のスケールを自在に変えながら、私たちが当然と思っている前提を問い直し、持続可能な社会のあり方を考える、スケールの大きな対話となった。

「息を吸って感じ、息を吐いて考える」。青少年が感じ、語ったこと
高野山会議の会期をまたいで、東大先端研とフォーラムが共同主催する次世代育成プログラム「青少年高野山会議」も開かれた。課題発見・解決能力と社会的価値を創造する資質を育てる。今回は2期生にあたる27名の青少年と3名のラーニングパートナーが、2025年10月の「序」から2026年8月の「結」まで、約1年のプログラムを走り抜けた。
今回の高野山会議でその「結」、すなわち修了を迎える。

21日の午前、金剛峯寺新別殿での修了式は、参加者による弦楽四重奏で幕を開けた。続くポスター発表で、「衣食住・外的世界」のテーマを担当した青少年は、環境問題、食事、音楽、エネルギー、戦争と、まったく異なって見えた講義のすべてに「人間はどう生きていくのか」という共通の問いがあったと述べた。
なかでも心に残ったのが、講義で聞いた「愚者はいつも壁を作り、賢者はいつも橋を架ける」という言葉だったという。自分と違う考えを持つ人を「違う」と切り離してしまえば、そこに壁ができる。しかしその違いを知ろうとすれば、橋を架けることができる。自分らしくあることだけでなく、相手の個性を認めながら互いにつながっていくことが大切だと感じた、と語った。

青少年たちも、1年のプログラムのなかで「Why War?」の問いに取り組んでいた。グループで話し合って出てきたのは、戦争は単純な善悪の対立ではなく、正義ともう一つの正義がぶつかることで起こるのではないか、という見方だった。どの国にも守りたいものがあり、自分の正しさを強く信じるほど、相手を脅威として見てしまう。だから否定するだけでなく、なぜ争うのかという背景まで考えることが大切だ、という意見が出た。
「円融」のテーマを担当した青少年が挙げたのは、障害の捉え方が変わった経験だった。障害のある本人が自らの困りごとを研究する「当事者研究」に触れ、それまでの見方が反転したという。障害とは個人の心身の問題であり治すべきものだと考えられてきたが、そうではない。社会環境と個人のあいだに生じるミスマッチなのだ、と。
この参加者は、1年の歩みも率直に振り返った。衣食住、心技体、円融という3つのテーマをきれいにつなげられた人もいれば、自分のように個別に受け取った人もいる。しかし受け取り方が違うということは、一人ひとりが自分の視点を持っているということだ。そう述べて、こう結んだ。
「息を吸って感じ、息を吐いて考える。そんなことがこれからも自然とできるようになった1年だった」
青少年の男女4名による舞踊の発表もあった。生演奏に合わせ、最初はばらばらに動いていた4人が、床に転がり、重なり合い、やがて互いに手を取り合って静止する。生命の誕生からコミュニケーションの発達までを表現したものだ。

最後の青少年代表によるパネルディスカッションのテーマは「これから私はどう生きていくのか。これからの1200年を考える」。「自利利他」を掘り下げたグループの整理は鋭かった。西洋的個人主義に根ざす人権という考え方は、私とあなたは別々の存在だという前提に立つ。だから互いの領域を侵さない。一方で自利利他は、自分と他者をはじめから切り離さない。私の中にあなたがいて、あなたの中に私がいる。だとすれば、あなたを傷つけることは私を傷つけることになる。この発想を基にした新しい人権思想を構想できるのではないか。
オープニングトークで松長氏が語った密教の世界観を、青少年が自分たちの言葉で引き取っていた。

統括を務めた東大先端研教授でヴァイオリニストの近藤薫氏が最後に置いたのは、「仲間」という言葉だった。「僕にとって、この会議で一番大事なことは仲間を作るということです。仲間と街で再会したとき、お疲れさまでしたと声をかけ合える。仲間の演奏会に足を運んで、ありがとうございましたと伝えられる。それが仲間というものです」。ここで出会ったつながりを、これからも大切にしてほしい。近藤氏はそう結んだ。

理性と感性をぶつけ合い、小さな悟りを獲得し続けた
最終日のセッションは、高野山大学開学140周年を記念する「科学・芸術・密教が育む世界」。ここでフォーラム代表理事でJERA理事の吉田哲臣氏が、企業に向けた課題を提示した。ビジネススキル、語学、社内インターン、大学への留学……企業の人材育成プログラムで並ぶのは、知性を高めるプログラムばかり。しかしこれで社会の問題が解決できるかというと、なかなかできない。
「知性だけでは社会の問題が見えてこないのではないでしょうか。問題を発見するためには心を使わなければならない。なんかおかしい、なんか悲しい、あるいは、こうすれば面白くなるのではないか。こうした感性がなければ、次の社会的価値を生み出せない」

三井住友フィナンシャルグループの髙島氏も、これから必要なのは主体性や探究心といった、AIが発揮できない力だと語った。
3日目の午後、クロージングセレモニーで「高野山宣言2026」が読み上げられた。多様性を認め合うこと。利他の心の教育を高野山で実践すること。そして多様な価値を認め合う姿勢を、高野山から世界へ広げていくこと。
杉山氏は3日間をこう振り返った。青少年と大人が並んで座る光景には、確かな充実感があった。そして今年、産業界がまとまった形で加わったことで、この場は明らかに変わった。経営の現場から理性の言葉が持ち込まれ、感性と理性、両方が同じテーブルに載るようになった。
「この3日間、皆さんはセッションごとに悩み、そのたびに小さな悟りを得ていたのではないでしょうか。悩みと小さな悟りのサイクルが、何度も回っていた。その小さな悟りをこれからの生活で表現していくことで、高野山会議の精神性は社会に実装されていくのかもしれません」

そのうえで、まだやるべきことがあると続けた。一つは、この場をより開いていくこと。産業界へ大きく開いた次は、どうすればより多くの人に参加してもらえるのか。もう一つは、世界へ向けること。利他の心は万人にあるのだから、世界の人たちの利他の心をいかに束ねていけるかを考えたい、と。
フォーラムが見据えているのも、同じ方向にある。対話によって価値を創造するという東洋的なアプローチを、いずれアジアから世界へ広げていく。その構想は、高野山会議2026を通じて、少しずつ輪郭を得つつある。
構想として語られていた場は、現実になった。しかし対話は一度で終わるものではない。経営者も、専門家も、27名の青少年も、山を降りればそれぞれの現場に戻る。交わした言葉が、それぞれの事業や研究、創作、生活のなかで形を変えていく。そしてまた来年、高野山には新しい仲間が加わる──。社会的価値を共創する輪は、これからも広がっていく。
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